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静けさの復習(91)

静けさの復習(91)(写真・時本景亮さん)
(写真・時本景亮)


 こいびとはすぐさま財布や化粧ポーチなどをエコバッグにつめて外にでた。ぼくも財布をジーンズの尻ポケットにねじ込みながら家の鍵を郵便受けのなかに突っ込んだ。
 小学校の近くの空き地にたこやき屋ができていた。たこやきとたいやきとやきそばが売られている。店主と目があった。
――たこやき、食べる?
 とこいびとに訊くと、こいびとはちいさくうなずいた。
 で、ぼくたちは一パック六個入りのたこやきを分けあって食べながら歩行をつづけた。
 歩行をつづけながらも……居場所がない、というのはいいわけがましいだろうか? いや、そもそも居場所なんてどこにもないのかもしれない。ぼくは考える。
 たとえば、歩く、という行動がゆいいつの居場所になることだって十分あり得る。反対に、抱擁、というものがここに――このひとつの場所に――居づらくさせている要因をはらんでいる可能性もなくはない。
 つまりぼくたちは抱きあうことで、かえってひとつになりそびれているんじゃないか。
 そうだ、べつべつのままでいいことも、あるのだ。無理してまでひとつにならなくてもいい、ひとつになろうとしなくてもいいんだ。
――海が見たいね。
 とぼくはいった。
――海が見たいね。
 と。
――うん、海が見たいね。
 とこいびとはくりかえした。
――ほんと、そう、海が見たい。
 と。
 ランドセルを背負った子どもたちが交差点を渡りながら「タコ! タコ!」と叫んでいる。実際にはタコのポーズをしているのは男の子だけで、女の子たちはなにかべつの話をしているみたいだった。
――いつの時代でも男の子はばかね。
 といってこいびとはたこやきを食べる。
――いつの時代でも女の子はかしこい。
 といってぼくもたこやきを食べる。
――わたし、学校はいやだったな。どうしてあんなところに毎日いかなければならないのか、わからなかった。もう、ほんとうに、地獄だったわ。
――同感。ぼくも学校にはいい思い出がない。もちろん、いまはなにも思いだせないんだけど、でも、いい思い出がなかったことは、わかる。わかるというか、知っている。学校って退屈なところだということを知っている。まるでえんえんと代わり映えしない道化師の曲芸を見せられるようなものだ。
――ばかでも、かしこくても、結局みんなかわいそう。色とりどりのクレヨンのような、かわいそうな子どもたち。
 一瞬、間を空けてから、こいびとは
――わたしたちもかわいそう。
 と、静かにつけ加える。


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