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静けさの復習(90)

 雨がやんで風が部屋に吹き込むと、薄緑色のカーテンがゆれて光を切り分ける。こんなふうにすこやかに光を切り分ける仕事があればいい。小鳥のように光をついばんだり、魚のように光とたわむれることができればどんなにすてきだろう。すてきなことはなかなか仕事にならない。仕事になることはどれもみな現実的だ。
 ぼくはちゃぶ台の向こう側にいるこいびとに葉書を――もちろん切手つきで――だした。こいびとはぼくの葉書を見るなりささっと新しい葉書に返事を書いて――しかし切手は貼らぬまま――テーブルのこちら側に投げつけるようにかえしてきた。
 ぼくが「卑怯だ」とか「フェアじゃない」などと訴えると、こいびとは無言でほほえんでそっぽ向く。
 郵便受けに郵便物が落ちる音にさえ、ぼくは敏感になる。その郵便物にはなにかぼくたちの記憶を呼び戻すヒントが隠されているかもしれないのだから。あるいはその郵便物にはぼくたちの記憶を歪曲させるなにかがひそんでいるかもしれないのだから。
 などと考えていると、ほら来た!
 ぼくはおそるおそる郵便受けのまえにいった。
 歯間ブラシ専用の通販カタログだった。世のなかに歯間ブラシ専用の通販があることも、そして世のなかにこんなにもたくさんの種類の歯間ブラシがつくられていることにも驚いた。
 ぼくもこいびとも、驚きのあまり顔を見合わせてくつくつ笑った。
 くつくつ笑いながらも、むなしかった。
 扉も窓も郵便受けもなければいい。
   *
 こいびとがぱちんと指を鳴らす。ここをでよう、というサインだ。


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