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静けさの復習(87)

 駅前広場では外国人の道化師が曲芸を披露していた。
――ミテ。ミテ。スゴイヨ。ミテ。
 ちょくちょく片言の日本語をはさみながら、その道化師は一輪車に乗ったままジャグリングをつづけていた。
 ちらっと一瞥をくれて通り過ぎる通行人がほとんどで、だれも足を止めない。「ミテ。ミテ。スゴイヨ。ミテ」
 ぼくたちもまた、まわりのひとたちと同様に道化師のそばをなんなく通り過ぎた――ものの、駅にはいるてまえで、こいびとがぼくの上着のすそを引っ張った。
――すごいっていってるんだから、これからなにかすごいことが起こるのかもしれないよ。
――すごいっていうのは、あのお手玉の芸のことで、もうあれ以上のことはできないんじゃないかな。
 そういってからすぐに、自分は結構、残酷なのかもしれないなと思い、反省した。
――でも、あんなに見て見ていっているのに、見てあげなきゃ。
――うん、じゃあ、見てあげよう。
 ぼくたちは手をつないで噴水のまえにいき、そこのふちに座って、二十メートルほど先にいる道化師の曲芸を眺めた。
 それから十分たって、二十分たったが、相も変わらず道化師は一輪車に乗ったまま「ミテ。ミテ。スゴイヨ。ミテ」というフレーズを連呼しながら、空中でいくつものボールをまわしつづけた。
 ぼくは、退屈だった。退屈で退屈でしかたがなかった。早く家に帰りたかった。そのうえ、なぜだろう、道化師ではなく、このじぶんをみじめだと思った。ぼくはみじめだ。記憶を失っていることも、記憶を失っていながらも、平然と道化師の曲芸を眺めていられることも、もっといえば、まるでなにごとも起こってはいないというような日々を過ごしていることさえも、すべてがみじめだった。
――ミテ。ミテ。スゴイヨ。ミテ。
 ぼくは道化師の口調をまねた。
――ミテ。ミテ。スゴイヨ。ミテ。
 こいびともいった。
 ミテ。ミテ。スゴイヨ。ミテ……。ミテ。ミテ。スゴイヨ。ミテ……。ミテ。ミテ。スゴイヨ。ミテ……。


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