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静けさの復習(82)

――これはなに?
 ぼくは、ぼくがいつも座る椅子のうえにいる猫を指差していった。
――猫よ。見ればわかるでしょう。
 こいびとは、ぼくがいつも座る椅子のうえにいる猫にほほえみかけながらこたえた。
――どうしたの、これ?
――拾ったの。
――どこで?
 ぼくが訊くと、こいびとは、またもや猫にほほえみかけながら、
――ここ。
 といった。
――……ここって、ここ?
――うん、ここ。
――……ここで拾ったの? 台所で?
――うん、だって、いたから。
 ぼくはなぜか無性に腹が立った。しかし、なんとか顔にはださないよう努めた。こいびとは、そんなぼくの心境などおかまいなく、猫の背中を心底いとおしそうに撫でている。
 ぼくはわざと――これ見よがしに――椅子をテーブルのうえに逆さまに載せた。するとこいびとも立ち上がって椅子をテーブルのうえに逆さまに載せる。猫はもうどこかに立ち去っていた。
 ぼくは、じぶんのことは棚に上げて、
――椅子をテーブルのうえに置いちゃだめだよ!
 となじった。
 こいびとはあからさまに眉をひそめ、
――あなただって椅子をテーブルのうえに置いちゃだめじゃない!
 と反論する。
 それからぼくたちは生きたマネキンみたいに睥睨しあった。ぼくは、これじゃあ「死んだマネキン」のほうがマシだと思い、こいびとは実際、「わたしたちのいいあいって、なんていうかばかなマネキンみたいね」と口にだしていった。
 そこでようやく張りつめた雰囲気がほぐれ、おたがい吹きだしてしまったのだが、たぶんきっと、こいびとも、もう「ごっこ」はできないのだと痛感したようだった。


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