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静けさの復習(81)

 家に帰ると、こいびとが記憶を取り戻していた。顔を見たときすぐにそう直観した。あるいははじめから記憶など失っていなかったのかもしれない。
 実際に「記憶、戻ったの?」と訊いてみた。
 こいびとは首をかしげて、ぼくのことばの真意を探る、すくなくとも真意を探るふりをした。
 もう一度、「記憶が戻ったんだね」とたしかめた。
――戻ってない。戻るわけない。
 こいびとはそういって、わずかに口をひん曲げて身をひるがえすと、すばやく台所の暗闇にまぎれ込んでしまった。医者の態度とまったく同じだった。
 ぼくが入院している間に世界は変わってしまったのだろうか。あるいはぼく自身の見方が変わってしまったのかもしれない。


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