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静けさの復習(52)

静けさの復習(52)(写真・時本景亮さん)
(写真・時本景亮)


 その日の夜は、ぼくたちの食欲は健全でせつない、という証明だけに食べものを食べること。そしてそのあと、鎖骨と鎖骨をすりへらしながら眠りをむさぼること。そういったことに意識をそそごうと合意した。
 で、ぼくはこいびとを抱きしめる(こいびとが白髪のおばあさんになるまで)。こいびともぼくを抱きしめる(ぼくが猫背のおじいさんになるまで)。意味もなく白紙のへりをなぞるように。まるでさびしい岸辺に取り残された孤児のようだと、しかしそのことのふたしかさがなおもぼくたちを抱擁へとかりたてるのだ。
――たとえば水辺で白いうつくしい白鳥を裏返したとしても、その白鳥の裏側は白い、うつくしいままだと思うよ。
 ぼくはこいびとの耳もとで思いつきを口にする。
――たとえば白いうつくしい白鳥のまえで水辺を裏返したとしても、そこは透明な切実な居場所になりうるでしょうね。
 こいびとはいつも決まっていとも簡単にぼくの思いつきに応えてくれる。
 もっとも、こういった「ことばの復習の復習」がなくなれば、ぼくたちの日常は希薄さを増すだろう。反対に、こういった「ことばの復習の復習」があるからこそ日常に触覚を向けられないのかもしれない。
――ぼくたちは裏返された白鳥として水辺を歩く。
――わたしたちは裏返された白鳥として水辺を歩く。
――まるで、水辺を歩く、という行為そのものを基準にして白鳥は歩く、歩いているようにうつくしい。
――まるで、白鳥を歩かせる、という願いそのものを叶えるために水辺はある、あるかのようにせつない。
――あるようにせつないものは、かならず消える、消えてなくなる。
――白鳥も水辺も。わたしたちも。
 ぼくはこいびとの体をひしと抱きしめる。こいびともぼくの体をひしと抱きしめてくれる。
――かならずきみはいなくなる。
――かならずあなたもいなくなる。
 そう、いつかぼくはぼくの、こいびとはこいびとの色彩を獲得することは、そのことだけは事実だ。
 色彩――。目も、耳も、のども、どこをとってもぼくたちは笑うようには泣けない。


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