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静けさの復習(49)

 踏切を渡るまえに、この踏切を渡りきっても記憶は戻らないんだねきっと、と、こいびとはつぶやいた。そのときちょうど警報音が鳴り、遮断機が下りはじめた。
 ぼくは立ち止まったが、こいびとはかまわず歩をすすめる。轢かれちゃうよ! とぼくが声をかけると、意気地なし! とこいびとがののしる。
 ぼくはあわててこいびとの腕をつかんだ。
――ほんとうはもっといいたいことがあるでしょう?
 こいびとがぼくの手をふりほどいて叫ぶ。
――もっとたくさん、いいたいことに気づいているでしょう?
 電車が通過するあいだ、ぼくたちはおたがいを警戒しあった。こいびとはぼくのことばを警戒し、ぼくはこいびとの動作を警戒した。
 ぼくたちは電車が見えなくなるまでなにごとも起こさなかった。ゴミ集積場に捨て置かれたキリンの乗り物……橋のしたの、段ボールの家……。
(ぼくたちは、たとえば手のかたちがよく似ているという理由だけで、ただそれだけで恋をしているのかもしれない。あるいは耳や鼻、くちびるのかたちが似ている、というのでもいい。いずれにせよなにかが似ているのだ、だからぼくたちははなればなれになれないと思うことにしている。
 しかし、よく似ているということは、たいして似てもいないということでもある。よく似ているものにたいして似ているとはたぶんきっとだれも思わない。
 あまり似ていないものにでも――あこがれだったり好みだったりで――すぐにころっと「似ているな」と、もうこれは「じぶんそのものだ」と錯覚してしまうのがひとのつねだ)
 そうひとりごちながらも、ぼくはこいびとの手を握った。
 そしてぼくはこいびとの手をはなさないよう、ぜったいにはなさないよう気をつけながら歩いた。こいびともまた、ぼくの手をしっかりと握りしめたまま、ときどき歩幅を調整しながら歩いてくれた。
 歩道は物音ひとつしない。人影もない。等間隔に立ち並んだイチョウの木のそばを通るたびに「倒れろ!」とか「はじけろ!」とか「砕けろ!」とか、いろいろと念じてみるものの、一切なにも起こらない。
 一切なにも起こらないとつまらないじゃないか、とぼくは悪態をつく。するとぼくのいらだちが神様に届いたのか、ジーンズのポケットのなかに三十五円、はいっていた。
 ありがとう、神様。


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