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静けさの復習(43)

静けさの復習(43)(写真・時本景亮)
(写真・時本景亮)



 夜。公園のすべり台のうえでぼくたちは死んだふりをした。死んだふりは、まるで死とは無縁のようなそんな健全な行為だった。朝はラジオ体操、夜は死んだふりをしていれば体はずっと健康で健全、えんえんと死を遠ざけていられるのではないか、そう思った。
 公園は静かであるが、静かであるゆえに鎖骨が鳴りやすい。すこし風が通り過ぎただけでも鎖骨がきしきし音をたてる。
 いま、抱擁を交わせばどんなに心地いいだろう。しかし、おたがいがおたがいに死んでいる身なので、動いてはいけない。
――動いちゃいけないから、かわりにしゃべってもいい?
 ぼくは許可を仰いだ。
――うん、しゃべっていいよ。
 こいびとはすんなりと許可してくれた。
――ぼくたちは当然しあわせになる必要があると思うんだ。
――うん。
――しあわせになるためには、たとえば犬を飼うのもいいと思うんだ。べつに犬じゃなくても、ツチノコでもいいし、ネッシーでもいいのだけれど。
――そもそもツチノコやネッシーはいるのかしら?
――もちろん比喩だよ。
――わかってる。
――きみはなにを飼いたい?
――わたし、カタツムリがいいな。
――わかった、カタツムリを飼おう。
 ぼくたちはなおも死んだふりをつづけながらも、ラーメンの具について論じあったり、別れるときはちゃんと別れるっていおうねと確認しあったりした。
――さようなら。音にすればたったの五音だ。
 とぼくはいった。
――愛してるも、音にすればたったの五音ね。
 とこいびとはいった。
――カタツムリも、音にすればたったの五音だ。
――かまいたちも、音にすればたったの五音ね。
 ぼくたちは、死んだふりをつづけながらも、やけに饒舌だった。


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