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静けさの復習(40)

 歯間ブラシがはいらない、とぼくがいうと、お風呂上がりのこいびとは鏡越しに笑った。それからぼくたちは、いつ強盗に押しかけられてもいいようにフライパンの置き場所について話しあった。
――フライパンで脳みそが飛びでるほど叩いたら、逃げられないよう目をくりぬいて、マヨネーズを流し込むのよ!
 と、そのとき、こいびとの頬にハエがとまった。こいびとは気づいているのかいないのかそのハエを追い払おうとしない。たちまちぼくは腹の底からどす黒い液体が噴きでるのを感じた。ぼくはこいびとの頬をはたいた。はたかれたこいびとは一瞬なにが起きたのかわからないようで、まばたきを数回、行った。ハエがいたんだ、とぼくは弁明した。もうとっくのとうに衝動はおさまっていた。というか、そもそもあの衝動はなんだったのか。なぜあんなにもこいびとの顔を憎たらしく思ったのか。わからない。とてつもなく大きいハエだったんだ、毒をもっていたかもしれない、とぼくはもう一度、弁明した。しかし、こいびとは小首をかしげたままきょとんとしていて、「ハエ? へえ!」などとうわごとをいっている。あれはたしかに日本でもまれな、獰猛な、猛毒をもったハエだった、耳や鼻の穴から体内に侵入して自爆するんだ、名前は忘れてしまったけれど、でも、あれはたしかに……。気づけばぼくもうわごとをいっていた。


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