FC2ブログ

記事一覧

静けさの復習(21)

 こいびとが鼻歌をうたっている。低く、か細く。如雨露で庭の花に水を与えながら。ぼくの知らないメロディーだった。もしかしたらでたらめに鼻を鳴らしているだけかもしれない。でたらめとか、即興とか、このひとにはそういったつかみどころのないものがほんとうによく似合うと、ぼくはこいびとの横顔を見つめながら思う。思うというか、感心する。このひとはきっと記憶をなくすまえもこんな感じだったのだろう。むしろ記憶をなくしたいまのほうが、このひとらしい、のかもしれない。なぜかそんなふうに思った。
 ぼくはどうだろう。記憶をなくすまえといまでは、どこがどうちがうのだろう。もちろんそんなことはわからない。まちのどこかでぼくを知っているひとと出会えればいいが、それはそれで、すこしこわい。


スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント