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家持幻想――恋う――


サティ 金の砂 / 高橋アキ



◇今月9日から鳥取市文化センターで「第39回文団協作品展」がはじまります。9日午後3時から「市民文化祭オープニングライブ」があるのですが、そこでぼくの詩が朗読される予定です。今年は大伴家持生誕1300年。家持を想う女性の心情を、詩と散文を織り交ぜながらひとつの物語に仕上げたのですが、時間の都合で散文の部分はほとんどカットになってしまいました。せっかくなのでブログにアップします。よかったら読んでみてください。
ちなみに、10日には「家持幻想」フォーラムもあります(午後1時半から同センター2階第1会議室で。参加費無料)。



(たとえば鳥のはばたきが、
こもれびをゆらして飛び去っていくのを、
あとどれくらい見ることができるのだろう。
夢とうつつのあわいで、
わたしがいま抱きかかえているのは
生か死か……
もっとあかるいことばがほしい。)

   *

床のうえであおむけになったまま、まぶたをつむり、風のにおいを嗅ぐ。風はふしぎだ、風のなかにはありとあらゆるにおいがある。土のにおいや木のにおい、草花のにおい……かすかに子どもたちの声もする。どれも遠い過去のように、いとおしい。
家持さま、あなたに会いたい。あなたはいま、どこにいるのですか?

   *

年端もいかないあなたは、おおきな木の根方にすわって空をながめていたり、川辺で水切りに興じていたり。年下の書持(ふみもち)さまと囲碁をうつこともあれば詩歌の話で盛りあがることもあった。わたしはいつもあなたを見ていたけれど、あなたと目があうのはまれだった。
もっと庭遊びをしたり、摘草にもいきたかった。枯枝や枯葉を集めて焚火をしたかった。

そう、わたしたちは同い年で、むかしから顔なじみだった。

ある日、わたしが部屋で衣(きぬ)をたたんでいると、庭のほうから――まるで小動物のように――あなたがやってきた。わたしはいつもあなたが遊びにくるのを心待ちにしていた。あなたの姿を横目に、おとなたちの宴席へさらわれていくのは苦痛だった。
あれはいつだったか。あなたがわざわざ梅の枝を手折ってもってきてくれたとき、わたしはなぜかふてくされたように、「梅の花って外国のものだときいたわ。わたしは大和の花が好き」といって受けとらなかったのだ。
……それでもそのあと、あなたははじめてわたしに歌を詠んでくれた。わたしは、たちまちあなたのことばのうつくしさ、かぐわしさにほだされてしまった(いまおもえば、あの日あの瞬間が、はつこい、でした)。
多くの女性にとって、あなたはまるで音楽のようなひとだった。

   *

勉学に励むあなた、庭園で球戯をたのしむあなた、政治や学問の理想を語るあなた……どのあなたも、あなただった。わたしはずっと、あなたのことが好きだった。わたしはいつもこころのなかで――「儒学の勉強はむつかしくありませんか」とか「武術の鍛錬は過酷ではありませんか」とか――あなたにむかって呼びかけていた。
あなたは、ときどき、おぼえたての知識を得意そうにわたしに話してくれた。史記や漢書、文選(もんぜん)や唐詩書の類(たぐい)、山上憶良さまの遺した類聚歌林(るいじゅうかりん)のことなど。
しかし、いつも決まってあなたは「漢文だけは苦手だ」といってくつくつわらうのだった。

   *

――そこの坊や、待ちなさい。
近所の橋のたもとで旅芸人風の男に呼びとめられたことがあった。男はおもむろに立ちあがってあなたのまえにいくと、なにもいわぬままあなたの手をとった。
――……たいへんな相だ。きっと時代の波にのまれてしまうだろう。
あなたも、わたしも、黙って男を見つめた。
男はすばやくこういい残すと、踵(きびす)をかえした。
――武芸と教養のほかに、精神を磨きなさい。先人の和歌を読み、写し、清くうつくしい大和のことばを磨くのです。
……いまおもえば、あのひとは神さまの化身ではなかっただろうか。

   *

(息をとめるとしずまりかえってしまう部屋。
縁から射しこむ日ざしに文机の周辺がまどろんでいる。
わたしもまた、
みずからのまぶたの重みにはっとしながらも、
なおもまどろむしかないのか。
いつかこれが祈りのかたちになればいい。)

   *

あなたのお父さまが亡くなられたのは……七月……残暑のきびしいころだった。法要に集まったひとたちのかなしみの狭間で、あなたも書持さまもただぼうぜんとしてたたずんでいるだけだった。あなたはしばらく口を閉ざしていた。なにをいってもむなしいものだと、その横顔が物語っていた。だから、わたしも声をかけられなかった。
いつだったか、あなたがお父さまの舶来品のなかから、わたしのために選んでくださったものがある。薄く透きとおった、うつくしい紗の布地に花の刺繍を鏤めた衣裳。その衣裳をながめるたびに、「うちきらし雪は降りつつしかすがにわぎへの園にうぐひすなくも」と、あなたがよんだ歌をおもいだす。

   *

(風のまにまに、
鳥たちはどのかなしみを織るのか。
かすかに枝をふるわせて飛び去ったあとの、
その、あかるいまでのしずけさに、
かなしみはまるで堪(た)えがたい日付のようだ。)

   *

はじめてあなたのやさしさにつつまれたときのことは、わたしにとってひとつの奇跡だった。あなたの目は、いっしょに秋草の花を見ていたころとこれっぽっちも変わらないのに、にもかかわらず、あなたのすべてがもう「おとな」なのだと感じた。
あのときの、あなたのからだのにおいもまた、この風のなかにふくまれているような、そんな気がする。おもいかえすたびに頬が熱くなってしまうほどの戯言も、もはや、せつないものだ。
そう、わたしは知っていた。あなたのもとにひそかに歌をよせてくる女たちの影。たまたま見つけてしまった手控えのなかには、純粋に歌の美に感動してしまうものもあったけれど。
けれども、わたしは、なんどもふりかえったのだ。大声でわたしを呼んでくれさえすれば、いつなんどきでもふりかえることができた。
ゆうがたの残照が、池のさざなみを黄金色に染めている。さわやかな微風に庭の木々の葉がそよいでいる。あなたの胸のうちにわきあがった思いの丈が、自然に和歌のかたちになって立ちのぼる。それが、あなたのすばらしいところだった。あなたのくちびるから発せられる三十一文字のことばを、音のひびきを、わたしはこころから愛した。

   *

(ふと空を見あげると、
二羽のはばたきがもつれあったり、からみあったりしながら、
わたしの視界を横切ってゆく。
こういったとき、いかに人間の視野がせまいかおもいしらされる。
わたしはもうこれ以上、ものを広く見ることはできないのか。
たぶんきっと、目を閉じてしまうのがいちばんなのだろう。
あるいはこのまま、この視野を偏愛するか。)

   *

庭がにぎやかだ、まぶしいほどあかるい。子どもたちが歓声をあげながら走りまわっている。なんどもうれしそうに縁から庭へ降り、また庭から縁へ飛びあがる。あなたがふいに大声で呼びたてる。池のほとりでは書持さまがじっと空を見あげている。そこには、ああ、わたしもいる。これはきっと夢だ、わたしは夢を見ているのだと気づく。

   *

雨がふっている。雨音がきこえる。雨は、まるでさびしさを細々と綴るように落ちる。しとしとしと……と、くちずさんでみる。あなたがくちずさめばもっとうつくしいはず。あなたのくちびるはいともたやすく自然の音と呼応することができる。
何日もまえから気分がすぐれない。風邪をひいただけだと、そうじぶんにいいきかす。しかし、きょうはやけにからだがだるく、重い。熱い。うめき声がもれる。わたしはなにかうわ言でもいっているのだろうか。それとも神がかりにでもなっているのか。侍女が動顚してあなたのもとへ使者を走らせたという。
ああ、わたしはいったいどこへいこうとしているのだろう。こころはつねにあなたといっしょなのだけれど、からだはどうなってしまうのだろう。もしもたましいに翼があるのなら、いますぐにでもあなたのもとへ飛んでいきたい。それとも、もうすこしすればからだが軽くなって空を飛ぶことができるのだろうか。だけれども、それは夢のなかで会うことと、いったいなにがどうちがうのか。

   *

(見慣れた庭木の間隙を、
そこにありもしない日付を書きこむように、
わたしはしずかに見つめる。
しずんでいく夕陽の残した雲がうつくしい。
鳥たちがいっせいにねぐらに帰っていく。
ずっとむこうのほうで、
なにやら親しげな身振り手振りをくりかえす、
みおぼえのない人影がある。
……あるいは、あなただろうか。
出会えるということはすばらしい。)

   *

あなたがすぐそばにいる。あなたは文机のまえにすわっていて、いつもどおりわたしに微笑を投げかける。
――いま、歌集の編纂をたのまれているのだよ。ひとびとの、いや、われわれの命の証し、生活の証しを、きちんと整理して記録にとどめなければならない。
あなたの真剣な面差しを見るのはいつぶりだろう。
――とくに、正直に、切実に感情を吐露した歌はいい。防人の歌などそうだ。
あなたのうれしそうな声音をきいたのはいつぶりだろう。
――この万葉集だけはなんとしてでも後世に伝えなければならない。見守っていてくれるか?
まぶたをつむると、かなしみはいっそう深まった。
かすかに息づかいはあるものの、もはや、じぶんのものなのかどうかさえもわからない。できればわたしの息づかいとあなたの息づかいが重なってひとつになればいい。
家持さま、どうかわたしのことを忘れずにいてください。

   *

 今よりは 秋風寒く 吹きなむを いかにかひとり 長き夜をねむ(四六二 大伴家持)
 うつせみの 世は常なしと 知るものを 秋風寒み 偲びつるかも(四六五 大伴家持)



第39回文団協作品展(1)


第39回文団協作品展(2)


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