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静けさの復習(2)

静けさの復習(2)(時本景亮さん)
(写真・時本景亮)



 鳥たちは、その方向性においてあかるく、いやみもない。継ぎ目のない息継ぎに、わざと丸括弧を使ってみたりして。(うんといつか生きたいごっこをしたね)とか、(だからこそぼくたちは死なないわけにはいかない)とか……いろいろと面倒くさいんだ、じつは。
 いっそのこと鳥たちの方向性にぼくたちがしたがってみたらどうかな、とぼくは訊いた。あるいはわたしたちよりも、亡霊のほうがずっと素直で、扱いやすくて、いいんじゃない? とこいびとはこたえた。
 亡霊? とぼくは訊きかえす。
 まちは、たしかにじぶんがないがしろにされないためにぼくたちの〝主語〟を食っている亡霊のようだ。そして、まちが亡霊である以上、どの樹木もどの草花も、囚われの身だ、みずから歌をうたうこともできない。左に折れ、さらに左に折れてみるが、そういったもののたたずまいは変わらない。
――ぼくたちにとって、日常であることは不自然だね。
 ぼくがそういうと、こいびとはたっぷりとほほえんで、
――歩きましょう。祈りになるまで。
 という。それからそっと、ぼくの左手を握りしめてくれた。
 そうだ、歩くことが、歩きつづけることが、やがて祈りになればいい。ひたすらこのまちを徘徊しつづけることで、ぼくたちは祈りをいのることも可能なのかもしれない。
――歩こう、きみが白髪になるまで。
 とぼくはいった。
――ええ、歩きましょう、あなたが猫背になるまで。
 とこいびとはいった。
 祈りをいのること。あるいは、礼から霊へ、沖から月へ――。




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