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わたしと亀と清志郎(25)

わたしと亀と清志郎(5)
(絵・ひがしもとしろう)



 某月某日
 きょうの市場はなんとなく神話の趣をそなえていて、灰いろの霧がたちこめている。亀をさがしてさまよい歩く亡霊たちがわたしの目にもはっきりとうつる。わたしは聞こえづらい耳で、かれらの声、かれらのことばを聞きとろうとしたが、
――やめなさい。みじめになるだけだ。
 だれかにとがめられた。からだ全体が、ななめにかたむいている、ひどく老いた、ちいさなおじいさん――「杖」――だった。めずらしく杖を持っていなかったので、わからなかったのだ。顔じゅうしわだらけで、そのひとつひとつのしわのなかになにか不穏な生物が棲みついているのか、かすかにうごめいている。
――せっかく耳がわるいんだ。わるいもんが聞こう聞こうとするとよくないことが起こる。
――よくないことって?
 わたしの質問にはこたえず、「杖」はこういった。
――どこも見知らぬ国のようだ。
 と。
   *
 バケツからコンテナへ、亀をうつす。亀にとってあまりにも興醒めな、不本意な旅のはじまり。わたしはコンテナを出荷場に運びこむ。
 如才なく、わたしのコンテナをのぞきこんだ「杖」の双眸が、みるみるうちにかがやきだした。そして彼はひとこと、
――こりゃええ、ええ亀じゃ。
 しぼりだすように感嘆の声をあげた。
――いいえ、ふつうの亀よ。ごくふつうの亀。
 わたしはそういいすてた。
――バイバイ、清志郎。




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