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わたしと亀と清志郎(24)

わたしと亀と清志郎(9)
(絵・ひがしもとしろう)


 某月某日
 畑で枯れ枝をたき火にくべている密子さんと目があう。しかたなくわたしは足をとめ、大量の枯れ枝を指さしながら、
――それ、なんの木の枝ですか?
 と、はなしかけてみた。密子さんはよく日にやけた顔からしろい歯をこぼしてひとこと、梨、とだけこたえた。なんでもむかしは梨農家だったそうだ。
――お父さんも死んでしまったしもう梨をつくる元気がない。だからすこしずつ木を切っていっとるんよ。
――わたし、くだもののなかではいちばん梨がすきです。
――昨年、一本だけな、ためしにしんかんせんというあたらしい品種の木を植えたんよ。うちが死んだらそれ、あんたにあげる。あんた、育ててぇな。
――ほんとう?
――うん、ほんとう。
   *
 夕方、畑のまえで白目をむいたままたおれている密子さんを発見したのは、わたしだった。わたしはすぐに家に帰り救急車を呼んだ。
 救急車を待ちながら、わたしはしんかんせんという梨の木のことをおもった。育ててみよう、とおもった。
   *
 窓が、微笑ほどのつつましさでしずかに雨だれを反射する。机のうえに膝をかかえてすわったままわたしはその一回一回の反射に目をこらす。じっと目をこらしているうちに反射は反射でなくなり、なにかしら耐えがたいものの表情にかわる。あ、わたしの顔! とわたしは気づく。
――見ないで!
 わたしは、わたしにむかって叫ぶ。
――見ないでよ!
 しかし、だからといって、雨の表情を、わたしの顔を無視することなんてできなかった。わたしは直視する。つめたい雨水のなかで真昼の月がぱんと音をたてて砕けてしまうまで。
   *
(ああ、うるさい耳のなかのセミ! わたしの居場所を隠さないで!)




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