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わたしと亀と清志郎(15)

わたしと亀と清志郎(15)
(絵・ひがしもとしろう)



 某月某日
 五、六年ほどまえのはなしである。この村には樹齢百年以上のタブノキがあったのだが、枯れはじめていて非常に危険だということで、なんども寄り合いをひらいてはなしあった結果、みんなでお金をだしあって切る運びとなった。
 タブノキのことをここらへんでは「タモの木」という。市から「ふるさとの木」の候補として推薦してもらったこともあり、地元の神主さんも、ああもったいないとしきりに嘆いていた。
 伐採当日の朝、わたしはデジカメ片手にせわしなく木の周辺をうろついた。おおきなクレーン車がやってきてチェーンソーのエンジン音がとどろきはじめると、たちまち虚脱感をおぼえた。きつくくちびるをかんでいた区長がひとこと、
――これで村のシンボルがなくなった。なにか不吉なことが起きなければいいがな。
 ぽつりと漏らしたのを、よくおぼえている。そして、わたしはいまでも、あのときの区長のことばをふいにおもいだしてしまう。
   *
(どうしてこうも、いらないことばかりおもいだしてしまうのかしら)
   *
 清志郎はしずかに咳をする。亀のくせにそれがもっともらしい咳なのだ。その清志郎の咳をきいた友人は、こんなことをいった。
――からっぽの棺みたいね。さびしい、というのでもなく、せつない、というのでもない。あるいはなにもかも孤独すぎるのかもしれないね。
 友人のその――てらいのない――感想はわたしをひどく嫉妬させた。胸のなかでかたちの定かでないなにかがまるで弓の弦のようにつよく、はげしく、はじかれた感じだった。
   *
 窓外では――あたかも棺にはいるように――鳥の群れが悠然と森を目指していて、
――……わたしにとって、きょうはいったいなにがうしなわれたのでしょう?
 わたしは、なんとなく、そうつぶやかざるをえなかった。清志郎は首をすっとのばしてわたしをふしぎそうに見つめる。見つめる、だけだった。
――でもそれはきっと、ふれてはならないことなのかもしれないね、清志郎さん。




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