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わたしと亀と清志郎(10)

わたしと亀と清志郎(10)
(絵・ひがしもとしろう)



 某月某日
 亀は、石や土、枯れ草やかびや苔を好む。しめった場所、くらい場所を好む。亀にとってこの村は居心地がいいはずだ、どこもかしこもとくになじみのあるものばかりだから。この村のなにもかもが亀の「善意」をすこやかにひびかせる。だからわたしたち亀売りは亀をつかまえることができるのだが、なんとなくうしろめたいような、もうしわけないような――うんきっと、わるいのはわたしたちのほうだ。
   *
 亀の甲羅に、〈何々家先祖代々之墓〉というような碑銘や経文、家紋などを刻んでたのしむふとどきものがいる。ゆっくりと、それでいてしたたかに生きる亀ほど、記憶の保存にもってこいだ。そしてそういうものはいろいろと利用されやすい。
 わたしたちはかたちをうしなうのをおそれる。さみしさ、かなしさをうけとめようとすればたちまち、さみしさ、かなしさにおしつぶされてしまう。だから、さみしさ、かなしさからのがれるためにはなんでもするのだ。
――わたしも亀からみればふとどきものね。
   *
――まえからおもっていたんだけど、亀という字はいいね、すごくいい。
 いつだったか、まだひとだったころの清志郎が、人差し指をすいすい動かして虚空に「亀」という字を書きながら、そういったことがあった。
――……亀、ですか。
 わたしもまだ、彼にたいしてよそよそしく、敬語だった。
――たとえば、ひとが死んでからつぎの生を受けるまでのあいだのことを、ちゅううっていうけど、ちゅううにいるときってみんな、亀だとおもうんだ。比喩なんかじゃなくてほんとうに。
 清志郎はふたたび空にむかってすいすいと人差し指を動かしたが、わたしには「ちゅうう」という字の意味はちんぷんかんぷんだった。
――亀は、じっとしていなければならないときに好都合のいきものだろう? いま、この世のなかに滞在している亀はきっと、ちゅううにいるだれかなんだ。
 彼のはなしは難解だった。
――あるいは亀は仮宿のようなものかもしれない。だれかのたましいを一時的にあずかるためのね。ひとのたましいは四十九日間、亀のなかでつぎの生を待つんだ。
 そこでわたしは――たいしておかしくもなかったけれど――わらってみた。
――すてきな仮説だわ!
 といってみた。清志郎はやや頬を紅潮させながら、
――……つまり、この世とあの世の紐帯、それが亀の本来的、宿命的な役割なんじゃないかってことさ。
   *
(……じゃあいま清志郎は、つぎの生に向けて準備しているところなの?……清太郎はもうこの世界にはいないの?……死んじゃったの?……)
   *
 市場から帰宅するとわたしはすぐに服をぬいですっぱだかになった。すっぱだかのまま清志郎を呼ぶ。おいで清志郎、と。
 でも清志郎はなかなかすがたをあらわさない。わたしは台所の照明スイッチをさぐりあてたが、ふと、ためらった。
 この闇のなかのそこここに、何十、いや、何百匹もの亀が、すきまなくきしきしとひしめきあっていることに気づいたのだ。
――おいで、清志郎。
 かすかに彼の息づかいを感じながら、あるいは、と、わたしはおもった。あるいは、ここにいるすべての亀が、清志郎かもしれない、と。
 やや湿り気をおびた台所。滅びそこないの文明のように、どっしりと据えつけられた家具類。
――おいで、清志郎。
   *
 ああ清志郎。きょうの清志郎は、倫理を体現したような、ものしずかな、あまりにもものしずかな態度。




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