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わたしと亀と清志郎(7)

わたしと亀と清志郎(7)
(絵・ひがしもとしろう)



 某月某日
 清志郎はときどき、まるで流謫の身であるかのようにもののけにも似たうめき声をあげながら、かぎ爪で虚空をひっかく。演技ではない。かといってほんとうに狂っているわけでもなさそうだ。狂気の一歩手前。理性的に狂っているのだ、とわたしはおもう。
   *
 清志郎とかわした最後のやりとりは、ほんとうにばかばかしくて、わすれてしまいたい。
――あ、ひげ!
 カップ麺をすする清志郎の横顔をぼんやりとながめているときだった。近くでわたしが大声を発したものだから、清志郎はびっくりして、すこしだけ麺をこぼした。
――え、どこ?
――ここ、顎のした。しかも、しろくて、長い。
――ちょっと抜いてみて。
――はい、抜いた。
 じぶんのひげを確認した清志郎は、あからさまに顔をしかめて、それからふっと息でふきとばした。
――なんか不吉だな。
――うん。
――おれ、来週あたり、死んじゃうかも。
   *
 清志郎は、死ななかったが、亀になった。
   *
 あのしろくて長いひげを抜いたせいで亀になったかどうかはわからない。あのひげを抜かなくてもどっちみち亀になる運命だったのかもしれない。ただ、ひとつだけはっきりしているのは、わたしたちはもう何年もまえからずっと、ばかばかしくて、はずかしいやりとりばかりしてきた、ということだ。そういうことが、清志郎が亀になってからはっきりとわかりはじめた。

 某月某日
 ひと、だったころのかれに噛まれた左肩の噛み痕も、だいぶ、癒えてきた。




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