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小詩篇(二〇一八年五月五日)

小詩篇(二〇一八年五月五日)(1)


ありふれた別れの言葉を
あなたはこの岸辺に打ち立てた
(一見晴れやかに、それでいて
ちっとも興味なさそうに)

なぜ僕は美しい碑文だと
わらえたのか、今思えば
小さな抵抗
だったのかもしれない

魚はなんの鍵なのか
波が繰り返し鍵を運んでくるが
岸辺はなおも開きそうにない


小詩篇(二〇一八年五月五日)(2)



雲間から射す薄日に
小鳥がさえずるのも

草や花の傾き加減も
静けさも香りさえも

木の葉を落とすのも
その葉が水たまりを
ちいさく揺らすのも

風のしわざだと思う


小詩篇(二〇一八年五月五日)(3)


金魚鉢の中だと
目玉が大きく
なるように

日陰だと
耳が大きく
なりませんか


小詩篇(二〇一八年五月五日)(4)


調子っぱずれの日差しに
ありもしない水鳥の影がきしむ

(したたかに未生のことばを飛ばす草や草や草……)

「群れには群れの孤独あり、だね」
きみは声をやわらかく落とす
あおむけにたおれているぼくの上に

「うん、今、地軸に鉈が、」


小詩篇(二〇一八年五月五日)(5)


(何度も何度も難破船が
服の袖に乗り上げるもので
ボタンを止めるのは
厄介で、難儀
なのです)


小詩篇(二〇一八年五月五日)(5)


窓のレースのカーテンは
その膨らみ具合で日差しの静けさや
風の穏やかさの「ほど」をゆらす

外では小鳥がいちいち
近所の調べを縫うものだから

季節の継ぎ目が
ほんの少し緩むだけで

窓のレースのカーテンにも伝わり
ふとこの部屋の記憶が書き換えられるのだ

そんな円環の中の日曜日


小詩篇(二〇一八年五月五日)(6)


これまでの読書の
そのいっさいを忘れてもいい
ような朝焼けがあればいい

これまでの思索の
そのいっさいを捨ててもいい
ような夕焼けがあればいい


小詩篇(二〇一八年五月五日)(7)


(なぜか生きることがなつかしい午後……)


小詩篇(二〇一八年五月五日)(8)


なぜか生きることがなつかしい午後、ああそうだ、卵を買い忘れたからだ、と気づく。


小詩篇(二〇一八年五月五日)(9)


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