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大坪あんずさんの詩「カノン」(詩誌『space』137号)を読む。

 うつくしい詩だとおもう。
 うつくしいことばたちだ、とも。
 この詩のまどべで、「わたし」や「あなた」は、かなしみやせつなさ、うつくしさの距離を切実に測りそこねている。わたしの〝近さ〟があなたの〝遠さ〟を見つめすぎるとき、あるいはあなたの〝近さ〟がわたしの〝遠さ〟にふれすぎるとき、ふたりはきっと、行と行、ページとページのまばゆい余白の向こうへ消えていってしまうのだろう。
 おたがいがおたがいの「ことばのなかで生きたい」と願うまえに。
   *
〈誰かにほんとうの名で呼ばれることはなかったので/あなたはあなたの名をどう呼べばいいのか知らなくて/哀しみの綻びのような雪を美しい、と呼ぶしかなかった〉(一連)
   *
 書かれたことと、書かれなかったこととのあいだにあるのは、もしかしたら〝ありえたかもしれない距離〟かもしれない。だれかとふいに出会ったとき、「ああ、わたしはあなたと出会いたかったのだ」と、冬ならば冬、夏ならば夏、そのときどきのその季節のまなざしが気づかせてくれることがある。
 行と行、ページとページのまばゆい余白の向こうへ消えていってしまうまえに、〝ありえたかもしれない距離〟が、ほんとうにありえてしまうのだ。
 出会いとは、ひとそれぞれの思いのかけらが――奇跡的に、あまりにも奇跡的に――距離のさざなみにふれてしまうことだ。とまどい、おびえながらも、まどべのピアノの鍵盤を鳴らしてしまうことだ。
   *
 書かれたことと、書かれなかったこととのあいだにあるのは、決してふれることのできない距離のさざなみ、なのかもしれない。だからこそ、わたしは〝あなた〟に――わたしは〝このわたし〟に――出会おうとしつづける。
 そしてそれはきっと、かなしいことでもせつないことでもなく、うつくしいことなのだとおもう。
   *
〈ずっと、どこかで/あなたが、奏でられることのない孤高の音をみつめているのなら/どこまでもつづく直線のうえをたったひとりで漂流するように/わたしもまた、はぐれずに/ひっそりと隠された美しい音をみつめつづけていられますように〉(七連)
   *
〈いつかある日、あちらとこちらで/あなたとわたしは同じ名を知るのでしょうか〉(終連)



大坪あんずさん、詩「カノン」(前)

大坪あんずさん、詩「カノン」(後)

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