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生命(いのち)を食べる

「第41回鳥取県出版文化賞 エッセー賞」で佳作に選んでいただきました。
よかったら読んでみてください。

 生命(いのち)を食べる

 二年ほど前に、僕の村で総事(そうごと)があった。「総事」というのは村中総出で作業を行うことである。
 午後一時過ぎ。徒歩で梨畑に向かっていると、背後からクラクションを鳴らされた。「おい、これからええもんが見られるで。連れていったるけえ、後ろに乗れぇや。後学のためにも見ておいた方がいい」軽トラックの運転席から勢いよく身を乗り出してきたのは副区長だった。何がなんだかさっぱりわからないまま僕は助手席に飛び込んだ。標高三四〇㍍ほどの小高い山の麓を走りながら聞かされた説明によると、どうやら捕獲用ケージにイノシシが入っていたらしい。これから市の職員が確かめにやって来るという。「イノシシ一頭につき一万円だとよ。今、ジビエ料理ちゅーのが流行っとるけえ、野性の生きもんも大変だわい」
 現場に行くと、村の男衆が何やら楽しそうに談話していた。「なんだいやぁ、たった一頭かいな? 三頭ぐらいおるかと思ったのに」副区長の冗談とも本気ともつかない口ぶりに皆がどっと笑う。「一人千円もらえるだけえ、ええがな」「千円あればまつやのホルそばとビールが飲める」「この村にはアル中が多いけえビール一杯じゃ割に合わん!」
 しばらくしてKさんが市の職員二人を連れてやって来た。Mさんが軽トラックの荷台から猟銃を取り出してケージの前に立った。捕獲されたイノシシは呑気に林檎やバナナ、梨を食べていたが、危険を察知したのだろう、急にMさんから遠ざかり始めた。気の短いMさんはイノシシに向かって「おい、もっとこっち来いや!」とか「じっとしとけぇよ!」とか無理難題をふっかける。「Mちゃん頼むけえ、うら(わし)を撃たんでな」「誰かケータイ持っとらんだか。写真に撮っとけぇや」「イノシシのヌード写真集でも作るんかいな」「だらず(馬鹿者)! 誰がそんなもん買うだいや」
 ドン! 一瞬、視界が揺れた。森の中の鳥たちが一斉に飛び立つほどの銃声だった。たちまちイノシシから大量の血が流れ出す。イノシシが必死にもがき苦しむ様子を僕たちは黙って見続けた。目をつむり手を合わせて小さく念仏を唱える者もいた。
 ただ、それで総事は終わりではなかった。「それでは後は我々が処分しますので」という市の職員の声を、Kさんが鋭く遮った。「何言っとるだいや。このイノシシはわしらのもんだで」Kさんは、最初から自分たちでイノシシを解体して食べるつもりだったらしく、村人全員に向かって「悪いけどこれからわしのところに来てくれ」と言って笑った。
 山の中腹にあるKさんの農場に行くと早速イノシシの解体作業が始まった。皆ぎこちない手つきで皮や脂肪を切り取っていく。「Sちゃん、おみゃー(おまえ)さんが切っとるのはアキレス腱だぞ」「……しばらくは肉食えんかもしれん」「何言っとるだいや、中秋の名月には皆でこの肉を食うだで!」
 日が沈む頃になってようやく片がついた。Kさんが休憩小屋で缶コーヒーをサービスしてくれた。「この村の大半は梨農家だけえイノシシには頭を悩まされとるだろう。イノシシも生きるのに必死だ、責めることはできん。ただ、感謝の気持ちを忘れんためにも、ちゃんと食わないけん」
 ちゃんと食う――。Kさんのその言葉は僕の胸に重く、深く響いた。
 Kさんの自動車に乗せてもらって帰っている時、Kさんは微笑みながら「総事は大変だろう?」と言った。「田舎で暮らしとると無駄なことが多い。でも、本当に無駄なことはない。食べることも含めて全部、仕事の一環、生活の糧だ」
 食べるとは――生きるとは――何か、もう一度、じっくりと考えてみたい。(了)
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