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青木由弥子さん詩集『星を産んだ日』(土曜美術社出版販売刊/二〇一七年六月三十日)を読む

 録画していたローカル番組を見ているとき、青木由弥子さんの詩集が届いた。第二十四回詩と思想新人賞受賞詩集である。うつくしい装幀、うつくしいタイトルだ(カバー・挿画は著者本人によるもの、ぜひ手にとって見ていただきたい)。いてもたってもいられず早速、ページをめくって冒頭詩篇を読む。

「とよとよとよ るゐるゐ とぷん/とよとよとよ るゐるゐ とぷん/沖縄の内海には濁音がない//ひとところにつもりゆく白い骨/のような珊瑚/一度は生きていたものが/この島を太らせていく」(「わたつみ」一、二連)

 この詩の切実さはいったいどこからくるものだろうか。
 波打ち際にたたずむ青木さんは正確に、適切にことばを漁(すなど)っていく。みずからの存在理由の根拠はまさにここにあるのだと、だからこそ「あなた」とずっと通奏低音のようにつながっていられるのだと――。
 肉眼にたいして心眼というもうひとつの眼があるように、そのこころの眼でしか見ることのできないもの――「〝こと〟性」――を、青木さんは詩に呼び戻そうとしている。
 暮れなずむ海のそこここで孤独と孤独は呼びあう。あどけない波の音を聴きながら。
   *
(テレビ画面には松江市八束町の地域住民や専門家が中海の再生に取り組むようすが映しだされている。中海の水質を改善するためには海藻が枯れてヘドロ化するまえに刈り取ってしまったほうがいいのだという。
 女性は「藻ガール」に、おじさんは「藻オヤジ」になって時折、冗談を口にしながら、笑みを交わしながら藻刈り作業を行っている。まるでみんな子どものように、心底楽しそうに)

「空と海のあわせめを/目の奥に引き寄せる/海からぞくぞくとあがってくる白い影/陽に照らされて泡にくだけ/波打ち際に打ち寄せる//押し寄せる声は/濁音に紛れ乱され//とよとよとよ るゐるゐ とぷん/とよとよとよ るゐるゐ とぷん/耳をすませば皮膚が消え輪郭が消え/静けさに手渡されていく体も消えて/わたしの芯にせりあがる波」(同三、四、五連)

 青木さんは「こと」に鋭敏だとおもう。
 詩人は詩に「こと」をどう呼び戻すのか。読者の視線が「こと」にふれたとき、「こと」ははじめてそこで「ことだま」を宿す。読者のからだのなかでふたたびはっと息づく。
 そのためには〝ことばになるまえの沈黙〟をも見つめなおす行為を執拗につづけなければならないのかもしれない。手持ちの羅針盤をあえてわきにずらしいちからことばを迂回していくこと、感性の基層にあるものをひとつひとつ拾い上げていくこと。詩はつねに――ときにはどうしようもなく痛切に――多様の「読み」をはらんでいるものの、「生」のぶぶん、むきだしのぶぶんにはいたみやかなしみ、なつかしさがともなう。だからこそ、青木さんの詩を読むとふいにそういった感情が共振したりするのだとぼくはおもう。
 ひとはみな、水棲だったのだ。もしかしたらいまもまだ、記憶のなかのどこかで古生代からの海の生きもののようなものが――非在のなつかしみのようなものが――ひっそりと〝ありふれている〟のかもしれない。
   *
(赤貝は、かつて中海周辺の定番の食材だった。環境の変化や水質悪化の影響でとれなくなっていた。しかし、それが四十年ぶりに復活したのだそうだ。ひとりひとりの人間が真摯に海を思い、その思いを行動に移しかえることで救われるいのちもあるのだ。
 スズキの昆布じめ、コノシロの南蛮マリネ、エイの煮付け……。女性のレポーターが食卓のうえに並んだ料理を食べながら、「おいしいものを食べることはしあわせなことだ」というようなことをいった)

「とよとよとよ るゐるゐ とぷん/とよとよとよ るゐるゐ とぷん/空が傾いて押し寄せてくる/胸を裂いたような赤に呑まれ/ひた寄せる波音を聞いている」(終連)

 「わたし」や「あなた」や「ここ」や「そこ」――。青木さんは無理に距離を埋めるのでもなくちぢめるのでもなく、ただひたすら距離は〝信じられるもの〟であるといってくれているような、そんな気がする。あるいは青木さんはこの詩がだれのためにあるのかをつよく自覚されているのかもしれない。
 だれのためにあるのか。むろん、「わたし」や「あなた」のためにあるのだ。
 青木さんの詩は、いつもやさしくぼくの存在にもゆさぶりをかけてくれる。ページをめくっているとふいに、遠くに置いてきてしまったものをおもいだすように泣きたくなることがある。もっとも忘れがたい奇蹟をまのあたりにしているような、そんな一冊だとおもう。
   *
 この詩集を読み終わったとき、突如として、ページの余白を破って現実世界に流れこんでくるものがあった。ぼくの部屋はたちまちそれにのまれた。
 のまれた、といってもまったく不快ではない。
 それがなんであるかはまだ、いえない。

「火の塊が私の中を降りる/押し開く力に息をあわせ/覚悟という言葉を押し出す/引き裂かれる痛みが全身の骨を走り/あふれこぼれて皮膚の内に張り詰める/全ての緊張が一息に流れ出した瞬間/心臓をむき出したような赤い産声が響いた//汗にまみれた白い分娩台の上で/しわんだ赤い火の玉を胸に抱く/胎脂でべたべたの手足でもがき/小さな口を大きく開けて/乳首を求めて挑みかかる/吸い上げられて再びつながる/母と子の ふたつのからだ/ざわめいていた心が静まり/小さな口めがけて流れこんでいく」(「星を産んだ日」一、二連)


青木由弥子さん詩集『星を産んだ日』(土曜美術社出版販売刊/二〇一七年六月三十日)
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