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空とトカレフ

 某月某日
 さっそく、ひとさしゆびとおやゆびをたてて〝銃〟のかたちにした。そのかたちを、トカレフ、と名づけた。

 トカレフをじっと見る。
 トカレフをじっと見る。
 トカレフをじっと見る。

(この拳銃さいだいの特徴は安全装置がないことだ)

 ばん。
(空を撃つ)
 ばん。
 ばん。
 ばん。

(空の血は青い)

 某月某日
「トカレフって知ってる?」とぼくはきく。
「なにそれ。おいしいの?」と彼女はいう。

「あるいは」とぼくはことばをつぐ。
「あるいは」と彼女は復唱する。

「さあ映画がはじまるよ」

 某月某日
 ふりつもる雪のしずけさに鼻のさきがむずがゆい。季節はずれの黒猫が車のボンネットのうえでのびたりちぢんだりしている。ぼくは窓ぎわでゆっくりと十字を切るまねをする。
 それから世界地図のしわを撫でるように今日の午後を遍歴する。
 やけにまるい風が吹く。
 静寂は痛みに似ているが、痛みは静寂に似ていない。これはどういうことだろう? ぼくにはまったく理解できない。
――ああ、鳥かごのなかの履歴書!
     *
 カフェ&バー〈兜率天〉のカウンターのはしっこには、
  「きなんせえ」深夜一時の兜率天
 という句入りの額が置かれていて、店主は自称俳人ならぬ廃人である。
 ぼくはたいていその額のまえの、脚がいっぽん折れた椅子に座る。脚がいっぽん折れたその椅子はいくらゆすっても自白しない。
「こいつ、なかなか罪を認めないんだ」
 そういってわらう店主の右肩には、いつもどおり、もういっぽんの脚が刺さっている。
     *
 どこからどう見ても肉体は肉体だし、精神は精神だ、そしてその境目にあるのは、定まらない記憶。ぼくは、この状況を〝仮死的〟といっているのだけれど、ほんとうは、ぼくの仮死、ぼくだけの仮死にほかならないのだとおもう。

 病弱な木乃伊。
 病弱な木乃伊。
 病弱な――

 ぼくは、今夜も病弱な木乃伊を抱きしめてねむる。

 某月某日
 今夜もさんぜんろっぴゃくきゅうじゅうはち円のやわらかさ。うーん。

 某月某日
 だれもいない真冬の海岸で、だれかの鍵を拾う。足もとには、鍵のほかにも、生まれてまもない魚のまぶたなんかがきらきら輝いている。水平線のうえの船はもう見えない。
 あ。
 ぼくを呼び戻そうとする履歴書の影。
     *
 ときどき履歴書の影を注視する。そのなかに住みついたものの正体を探るべく。
     *
 舌足らずの小鳥が、ぼくの部屋の窓辺にやってきて、ぼくの自慰を覗く。聖書のように見つめないでくれ、とぼくは抗議する。
     *
 おさないころ、わざとニンジン嫌いを装ったように、いまのぼくは、わざと鍵を探すふりをしつづけている。いくつになってもなにかを装ったり偽ったりしていなければならない。
 だれかに声をかけられたいのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。だれの目にもとまらぬようひっそりと日々を送りたいとおもうが、どういうわけかまだ、この「一人称」という状況を楽しめずにいる。

 某月某日
 ぼくは、朝の光のどさくさにまぎれて彼女にキスをする。なんども「おはよう」といいながらキス、キス、キスだ。それでも彼女の夢はさめない。かわりに、ぼくのモラルがさめてしまう。
――たとえば、夏の森のおくふかくで、いつまでもへいぼんにただようくらげがいるとすれば、それこそきっとえいえんというものだろう。
     *
 バスを乗りついで、美術館へむかう。
 窓外では魚という泳ぎ家たちがすいすいと架空の水のかたちを遊んでいる。田園の鳥が虹を製造し、日差しはぴかぴか、ぴかぴかの神さまだ。ぼくは腕を組んで、そういった一切のものを観賞する。
     *
「わたしたちはどうしてすれちがったままでいられなかったのかな」
 つきあいはじめたころ、彼女はしきりにそういった。
「わたしたちだけではなく、みんな、いつもあわただしくすれちがっているでしょう。交差点とか、デパートとか、ネットのなかとかで……まるで、くるおしいキツネの呪法にはまってしまったみたいに」
     *
 美術館――光と影がもの憂げにきりとられた、すこしかび臭い通路を歩きながら、ひとこと、
「なんてまっしろな月」
 と、彼女はつぶやいた。
     *
 彼女の肉体はせいけつでそっちょくだ。じょうぜつでもある。ぼくはそれをほほえましくおもったが、彼女はちがった。
「肉体は嘘がつけない」と彼女はいう。
「そのじじつはわたしを最低にする」
 と。
     *
 で、ぼくは夜をうしなう。まるでひややかなくだものの種のように。

 某月某日
 雨がふりはじめたのだろうか。窓ガラスに付着した数滴のあまつぶが、まるでどこかの無人島のように、ぐららん、ららん、と、ゆれている。ぐぐっ、ららん、ぐららん、ららん……。
     *
 ふとおもいたって、親戚のおばさんのところ――介護つき老人ホーム――にあそびにいく。よく来たと、かんげいされるかとおもいきや、
「生きるのがつらい」などと泣きながら訴えられる。
 ぼくは膝のうえで右手をトカレフのかたちにしたまま、「さあ映画がはじまるよ」という。
「ほら、そこにおばちゃんの名前がでてる」
 どこ? どこ? かつて俳優志望だったおばちゃんは、車椅子から身をのりだすようにしてあたりをきょろきょろ見まわす。車椅子の影は夕日にびんかんで、すぐになんの影なのかわからなくなる。
 ぼくはトカレフのかたちを解いて、しずかに、窓のむこう、架空のクレジットをゆびさす。
「ほら、あそこに」
「……あ、うん」
     *
――橋や門柱のネームプレートが盗まれる事件が続出している。いったいなにが目的なのだろう?
     *
「だから、その、目的というものの見方、とらえ方がいけないのです! あやういのです! だから、われわれは、いつまでも無目的的霊の傀儡なのです!」
 駅前広場で神父が喉をからしながら叫んでいた。
「もう、目的というものにたいして、するとか、しないとかいうのはやめましょう! そんなことをぐだぐだいいあうことこそ無目的的霊のいいなりなのです! おもうつぼなのです!」
「で、たとえば?」
 風船をもったちいさな子どもにそうきかれて、神父は、ことばをつまらせた。
     *
――でも、たった一回のまばたきで、なにができるというのだろう? ぼくは、別に届かなくていい、という気持ちであてのない手紙を書く。
 切手代わりに光と影を貼りつける。

 某月某日
 ぼくは毎年この時期になるとあちこちでカレンダーをもらう。ぼくはひじょうにカレンダー運がいい。
 カレンダーも、そのなかの日付も、熟れる、熟れるのがはやい。だからカレンダーはぜんぶ部屋の壁に押しピンでとめておく。たくさんあるとそれだけ書きこむこともできるし、気分によってつかいわけることもできる。しかし、なんといってもやっかいなのは日暦だ、あれはすぐ熟れるので注意をはらわなければならない。

 某月某日
 Fの日記――ぼくは決まって木曜日にFの日記を読みかえす。
 大学ノートにびっしりと書きこまれた文字を追えば追うほど、Fの輪郭をうしなってしまう。ぼくのなかで虚構ばかりが発育してしまうのだ。だからほんとうはなにも考えずに読むべきだろう。あるいは、F以外のことを考えながら、口笛でもふきながら読まなければならないのだろう。むろん、そんなことは、はなから無理だとわかっているけれど。
     *
 ぼくは睡眠薬をかじりながらも踊らずにはいられない。そしてなにかを吐きださなければならない衝動にいらだちをおぼえる。ぼくはじぶんになにかしらテーマのようなものを与えていない。にもかかわらず世間はぼくになにかしらのテーマを強いる。
     *
 そういえば、今日は、死んだふりをする日、でした。

 某月某日
「わたしはさっき、〝人生〟をせんたくしたの」
 ゴミ集積所で近所のひととはなしをする。はなしをするといっても、ぼくはただうなずいていればいい。
「せんたくして、ほんとうにすっきりした。もうこの町にはいられないけれど、そのかわり、どこにでもいられる気がする。それってすてきだとおもわない?」
 おもうともおもわないともこたえず、ただ首をたてにふる。このしぐさを肯定ととるか相槌ととるかは相手次第。
 塀のうえの、ぼろぼろの靴をくわえた黒猫の目、その目の奥に、ぼくの知らないふるさとがあって、そのふるさとをきっと、いつかぼくは知るだろう、とおもう。
 結局、彼女の「せんたく」が、〝洗濯〟なのか、〝選択〟なのか、判然としなかった。
――洗濯だったら、うん、それこそ、すてきだな。

 某月某日
 あ。めまい。
 一瞬、まぼろしの魚の大群が、つめたい突風のように、ぼくのからだをつらぬいた。

 某月某日
 Fの日記――決まって木曜日にはFの日記を読みかえす。
〈もし宇宙にいけるのだったら、地球のすがおをながめるだけじゃなく、体臭もかいでみたい。はたして地球からはどんなにおいがするのか――そのにおいをよーくおぼえておいて、無事帰還したあかつきには、ぼくはリアルな地球儀をつくるんだ。その地球儀はきっと評判になるだろう。飛ぶように売れるだろう。ひと儲けしたあとは……あとは?〉
     *
「つまらないはなしをしてごめんなさい」と彼女がいう。
「うん、そんなことよりも」とぼくはいう。
「できれば、なぜきみがいま、篳篥なんかをもっているのか、説明してほしいんだけど」
「これこそ、どうでもいいことじゃない」
「たしかにどうでもいいことかもしれない。でも、気になるんだ」
「なにが気になるの?」
「だから、きみが篳篥をもっていることがだよ」
「これがそんなにめずらしい?」
「すくなくともぼくにとっては」
「信じられない!」彼女は目をみはり、声をあららげる。
「うん、まったく、ぼくだって信じられないよ!」ぼくもびっくりして声がうらがえってしまった。
「……きっと、わたしがつまらないはなしをしたから、怒ってるんだね」
「怒ってない、これっぽっちも怒ってないって。ただ、どうしてきみがいま、篳篥なんかをもっているのか、そもそもそんなものをどこで入手したのか、そのことに関心があるんだ」
「やっぱり、あんなはなし、するべきじゃなかった」
「もしかして篳篥をふけるのか?」
「あーあ、もう最悪。帰る」
「ぼくは篳篥のことをきいているんだ。こたえろ!」
「なに、そのいいかた!」
「こたえろこたえろこたえろー!」
「うるさいうるさいうるさーい!」
     *
 慣れとはおそろしい。さようなら。月並みな別れのあいさつ。

 某月某日
 雨上がりの朝、銀杏並木が歩道に影を投げかけている。
     *
 見ず知らずの群衆のゆくえがかえってぼくの記憶を遠ざけてしまう。
     *
 今日じゅうに、借りてきた映画を三十五本見なければならない。

 某月某日
 雲が川瀬のようにながれる午後、ぼくは胸がせつなくて、このせつなさはなんだろうといぶかしむ。ほんとうに、えたいのしれない熱病にかかってしまったようにせつない。せつなくてせつなくてしかたがない。せつなすぎる。いや、せつなすぎる、というよりも、せつない以上にせつないのだ。
     *
「いま、おれたちは巨大な鉄骨の世界に閉じこめられている。巨大な鉄骨の世界のうちがわで巨大な鉄骨の世界を瓦解しては構築しつづけているにすぎない。ひとりひとり、ちいさな十字架をもちよってね。おれたちの耳はわるい。だから、ばかな楽器、ばかな演奏にだまされる。うぬぼれさせられている」
 ざくろのタトゥーの男はそういって、〈兜率天〉オリジナルのビールをのみほした。
 ぼくはカウンターのしたでそっと、トカレフをその男にむけた。
     *
 まぶたがジーンズのポケットにはいっていたことに気づく。ああ、このまぶたは魚たちのまぶただなとぼくはおもった。魚たちは生まれてすぐにまぶたを捨てるのだ、眠りを拒絶するために。ぼくは、目をつぶって、やさしい霧につつまれつつあるじぶんの眼球をころころところがしてみた。

 某月某日
 ぼくは、別に届かなくていいという気持ちであてのない手紙を書く。
     *
 ややゆがんだゆうがた。ぼくはなんども砂時計をひっくりかえしながら、このくびれているところではいったいなにが起こっているのだろう? といぶかしんだ。
 開かれているようで閉ざされている。あるいは、閉ざされているようで開かれているところで、砂はいちど、死ぬのではないか?
 生と死が垂直にまじりあうまぼろしの世界。
     *
 ぼくはいつも――いまも――いったいなにを見ているのだろう?

 某月某日
 信号待ちをしていると、片手にコップ酒をもったヨッパライがしゃっくりをしながら空を見上げ、ひとかたまりの雲をゆびさして、「ありゃ血統つきの豚だ!」といった。ぼくはからからとわらった。それから書店にいき、豚にまつわる絵本を数冊、購入した。
     *
 ぼくははげしく咳きこみながら、ぼくのそばを駆けぬけていく季節はずれの黒猫たちを見送る。
     *
「来る途中にコロッケをみっつ買ったよ」
 待ち合わせ場所に遅刻したぼくはそういって、コロッケの紙袋を彼女にさしだした。
 彼女はにっこりとわらって、じゃあふたつもらうね、といった。
     *
 すきとおった昼の月。あかるい光の部屋。暗記もできる簡易ベッド。
 質感を、つかまえたい、とおもった。
 ぼくは、彼女の目をぬすんでそっと、鳥のいない鳥かごから、履歴書をとりだした。

 某月某日
 Fの日記から視線をそらすと、一瞬、窓から射しこんでくる日差しにつらぬかれた。するとぼくのなかから無数のFがこぼれてきてさわがしくなった。無数のFはひどく混乱しているらしく、つぎからつぎへと窓の外へ飛びだしていく。
 田んぼのむこうの国道では車がひっきりなしに走っている。イソヒヨドリがすばやく屋根から屋根へ移動しながらあちこちに青い残像をまき散らしている。
 ふと、ぼくは、Fは絶望的なまでに麻酔のききにくい体質だったことをおもいだす。

 某月某日
 母は気がくるうとよくぼくをゆさぶりながら、「おまえはうちの子じゃない」といったが、もしかしたら、ああいうときこそ母はしごくまっとうだったのではないか。
「おまえは橋のしたに捨てられていて、それにもかかわらずキャッキャッとわらいごえをあげるものだから、いっそうふびんにおもってね、それで拾ってあげたの。それなのに――」
 それなのに――。いつもそこで母はことばをのみこむのだった。うーん。やっぱり正常だったのだ、とぼくはなっとくする。
     *
 帰還すべき場所を見失ったまま、触角が、痛い。
     *
 商店街のくだもの屋に外国製の鉛筆がいっぽん数十円で売ってあった。
「これをカッターで削って、その削りくずを軽く火であぶってみなよ」とおじさんがいう。
「すごく、すごく、すごくいいにおいがするんだ」
「たとえばどんなにおいですか?」とぼくはきいた。
 にこにこ顔のまま、おじさんは口ごもった。
     *
 すこしゆがんだゆうがた。目のまえの老いた犬が、ぼくにむかって「おまえの来世はおれだ!」と吠えた。ぼくは、わんわん、と吠えかえす。

 某月某日
 ああ、なんて植物的なお月さまだろう。わんわん。

 某月某日
 コンビニの雑誌コーナーで立ち読みをしていたとき、ふと見上げたさきに、夕やけ。その瞬間、古代人たちが木の幹をくりぬいて丸木舟をつくっているようすが脳裏によみがえってきて、それから履物や什器、衣服を売っているひともでてきて、やかましくなって、まさかこれは前世の記憶のようなものだろうかとおもうじぶんと、いやいやこれはただの幻覚というかイメージの断片のようなものなのだと否定するじぶんとのすきまに、いずれにしてもなんてうつくしい夕やけだろうとため息をついているじぶんがいて、そのじぶんにほのほのしていると、いきなりものすごいいきおいでコンビニの駐車場に白いワゴン車が突っこんできて、入り口付近の窓ガラスの手前でストップし、そこから、はだかの――いや、ブリーフ姿の、四、五十代のおじさんが、「ごめんなさーい!」と叫びながらころがりでてきて、手には手錠、足には足枷がはめられていて、ぼくはそのおじさんと目があわないよう視線をそらすと、ぼくと同様、おじさんと目があわないよう視線をそらしたコンビニの店員と目があってしまって、ああ、もう、気まずくて気まずくて、さっきまであんなにほのほのだったのに、それがすっかりどこかに消えてしまったことが、とてもざんねんだった。
     *
 カラスは、盲目ではないが、ときどき道端の石をくわえてしまうことがある。どうしてすてきに濁った声で歌うおまえたちにそれがわからないんだ、とぼくは忠告するが、むろんきき入れてくれない。
 どこまでもすみきって遠ざかっていく青空。恐怖はいつだってぼくの足もとに、木乃伊のように横たわっている。
 とつぜん、ぼくのひとさしゆびに、死角になっていたはずの、定義することのできない痛みがおとずれる。ぼくは目をつぶってじっとその痛みにたえる。

 某月某日
 今日もどこかに亡命したいここちだ。ぼくは、別に届かなくていいという気持ちであてのない手紙を書く。

 某月某日
 ぼくは便器に座ったまま遺言を考える。そして、もし遺言を書きのこしたとしても、いったいだれが読むのだろう、ということも考える。
 あのときの、棺のなかにおさめられた、かなしいかなしい祖父のかお。あのかおをおもいだすたびにぼくはぞっとする。
 あのかお。
 しずかな、そうはくな、かなしい、かなしい、あのかお。
 ぼくは、このいまの生活を、どこかひとごとのように見てしまっている。それ以外にどうすればいいのかわからない。でも、もちろん生活は生活なのだけれど、ただそこに実感がともなわない、というだけなのだ。そしてその〝だけ〟はなかなか手ごわい。
――ばんっ!
     *
 ばん。ばん。ばん。
     *
……月を蹴ると朝になる、から蹴らない、蹴らないことにしているだけなんだ、みんな。

 某月某日
 どうすれば、八百万の神々のなかから、ぴかぴかの神さまを見つけだすことができるのだろう? ぼくは、あるいはこのままあの田園の鳥のように虹を製造しつづければいいのか? それともなにか別の方法があるのだろうか? だれかどこに空があるのか教えてほしい。このごろ、空の場所さえ判然としない。
     *
 つめたい雨がぼくの健康を濡らす。つめたい雨がぼくの性欲をこばむ。
 ぼくは雨に濡れながら、旧暦だ、とつぶやく。舌のさきは、まるで磁針のようにアパートの方向を指している。喉がいがらっぽい。基礎のない足どり。ぼくは、歩いている、というよりも、なにものかに歩かされている。
     *
 くらげ。そう、くらげのあれだ。くらげのあれは放浪ではない。たぶん、くらげのあれは、とどまっている、とどまろうとしているつもりなのだ。どこかにいこうとしているわけでもなければ、なにかにいざなわれているわけでもない、ずっとくらげとしてそこにそんざいしようとしているつもりなのだ。ああ、そうだ、きっとそうだ。そうであれ!

 某月某日
「わたしたちは、たとえば棺のなかなんかで出会ってたらよかったんじゃないかな」と彼女はいう。
「うん」とぼくはこたえる。
「そう、もっとしずかな場所で、もっともっと異質な場所で……」
 店をでると通りには人影はなかった。馬蹄型の池のほとりを散歩しながら、
「なまぐさいこの心臓なんかよりもよっぽど……」と彼女はいう。
「うん」とぼくはこたえる。
 凍てついた沈黙。
     *
「いやー、それにしてもだ、よくもまあ、こんな馬鹿のひとつおぼえで、ここまで生きのびてこれたもんだ! だれかほめろ! ほめてくれ!」
 そういって、今夜も〈兜率天〉の常連客はだいたんにわらうのだった。ぼくはずっとカウンターのしたでトカレフをその客にむけていた。
     *
 ぼくの今日は、昨日までなかった今日なのだ。いったいなにが昨日までなかったのかときかれてもこまるけれど、けれどもたぶんそれは、いつだって今日というものの数にかぞえられるものなのだとおもう。

 某月某日
 今日も公園のかたすみでひとつの論理が卵を産む。子どもたちはそれをゆびさしながら、「これは病気だ!」『ビョーキ、ビョーキ!』「異常だ!」『イジョー、イジョー!』とさわぎだす。
 彼女は、きのう病院で撮ったというじぶんのレントゲン写真をほれぼれとながめている。
 ぼくは空をあおぎみる。一瞬、日差しのうちがわに、生まれてまもない魚のまぶたがまざっているような、そんな錯覚をおぼえる。それからするどく、やさしくひし形の日差しがぼくの目を射抜く。
 ぼくはリアリズムを忘れてすべてを曲解する、準備をはじめる。

 某月某日
 親戚の子どものねがおに、ぼくはそっと、トカレフをむけてみる。そして子どもが目をさましたときに感じるだろう驚きや恐れや悲しみをおもいえがきながら、ぼくの心臓はさびしい、とひとりごちる。
 おなかを不自然にふくらませた、親戚のおねえさんは、これから市内のデパートにランドセルを買いにいくのだといって、わらった。
 テレビ画面のくらやみにいくつも指紋がついている。ああ、もうすぐ二人目が生まれるのか。
     *
 〈兜率天〉の常連のひとり、タロー(仮名)さんは、いつか当たるかもしれないと信じて、何年もまえの宝くじを大事に持ち歩いているのだという。
「別に当たらなくてもいいんだ。当たったときのことを想像するのがなんともいえない。だから宝くじそのものは期限切れでもなんでもいいってわけ」
 なんとなく、わかる気がした。
     *
 喉がはげしくかわく夜、なにかに追いたてられるように目をさます。
 ののの……
――地震だ!
 ぼくはあわててベッドから飛びだし、机のしたに隠れる。ひさしぶりの体育座り。
 ののの、のののの、の……
 ふと、死んだ犬を庭に埋めた日のことをおもいだした。いきものが、ふたたび生まれた場所にもどっていくときの、あまりのしずかさ、やわらかさ。ぼくはあのとき、どんなことでもおぼえこみ、すぐに忘れてしまう方法をまなんだのだ。
 ぼくはいつでも忘れることができる。
 見事に角砂糖を溶かすように。なんでもないことのように。
 いともたやすく。
     *
 揺れがおさまってからも、しばらくのあいだ、ひさしぶりの体育座りをあじわった。

 某月某日
 叫びにも似た午後の日差しがぼくのまぶたに、なにかしらのメッセージを彫りこんでいる。ぼくはそのメッセージを読みたくても読めない。
――寓居的現象? いや、ぼくはそれを、〝トカレフ現象〟と呼ぶことにした。

 某月某日
「わたしは金輪際、実家に帰らないつもり。家のなかの、あのくらさ、とくに仏間のくらさにはたえられない。あそこには日付のない日記のようなものがあって、すべてがパントマイム。だからいま、わたしは死者の霊魂にむけて手紙を書いているところなんだ――」
 彼女はそこでことばをきって、それからまったく別のことをいった。
「なぜおばあちゃんがまいにち熱心に仏壇をおがんでいたかというと、家になにか不幸があったとき、ああ、きっと今朝おがむのを忘れていたからだとか、祈りがたりなかったからだとか、そういうことをおもいたくないからじゃないかな」
「ただの習慣だとおもうけど」とぼくはいった。
「ふーん、習慣ってこわいね」彼女はわらった。
     *
 風が白い。
     *
 白い風のなかの日付をつかむ。つかんだ刹那、日付はがらくた同然の、意味のない数字の羅列に落ちぶれてしまう。こんなふうに、意味のあるものと、ないものとの境界はあいまいで、ぼくの胸の中心部に、ふしぎなまでの空白感が生まれた。
 今日を生きるのは〝直接的な経験〟にほかならない。しかし、明日を生きるためには、いったいなにが必要なのか。
 行為だ、とぼくはおもった。
 それからすぐに、いや、と否定する。いや――それはきっと、行為ですらない行為だ、と。
 すこし、こわくなった。

 某月某日
 やがてぼくはみずから慣れない椅子に座るだろう。その椅子のうえでできることなんてたかがしれているけれど、けれども――。
 あいかわらず田園の鳥が虹を製造している。製造というよりは〝編む〟といったほうが適切かもしれないけれど、いずれにしても、どんなふうに虹とかかわっているのか、よくわからない。
 飛び去ったあとには、うつくしい虹がかかっている。でも、ただそれだけなのだ。ぼくはただそれだけのことにひどく胸をうたれるのだ。
     *
 日差しはぴかぴか、ぴかぴかの神さま。

 某月某日
 ややゆがんだゆうがた。ぼくは彼女のまえではじめてニンジン嫌いを装った。ニンジン嫌いを装うことでぼくは混乱を回避しこころの平安を保とうとしたのだ。
――彼女を帰らせてはいけない。ゆうぐれにほぐれる、とらえどころのない足音をきいてはいけない。
 ベッドにぐったりとしずみこんだ彼女は、死体的な肉体とも、肉体的な死体ともいえるし、そういわなければ説明できない物理的な問題をかかえているようにも見える。ここにはやさしいものも悪意あるものもなく、ただなんとなく悩ましいだけなのだ、その悩ましさだけが蟄居するのだとぼくはおもう。
「結婚しようか」とぼくはいった。
 いったとたん、やけに心臓がさびしくなった。

 某月某日
 彼女は、ぼくに身をすりよせながら、みーんな無国籍、とささやいた。みーんな空白――とも。みーんな遠い――とも。そうささやいてから、しずかに目を閉じた。ぼくたちはもつれあうようにベッドに飛びこんだ。

 某月某日
 彼女はいう。
「これから、あなたなんかに、いいひとは見つかるかしら?」
 ぼくはこたえない。彼女はさらに追い討ちをかける。
「これから、あなたなんかが、いいひとを見つけられるかしら?」
 ぼくは、一昨日にもまして、つよく、せつなく、結婚を望んだ。
     *
 すばしっこくて、しなやかな腕。ぼくはそれを拒否しない。
     *
 それからベッドのふちに座って考える。もう二度とおとずれそうにない性欲について。そして、そのかわり、これからでもおとずれるだろう、たいして意味のない勃起について。

 某月某日
 病院の朝はしんとしていて光ばかりがまぶしい。
 だれもいない、待合室の、ビニール張りの椅子のうえで朝をむかえる。こんなときに、ただ待つしかないのは、はたして救いなのかどうか。あるいは、みじめなだけだとわらうこともできる。
 喉がかわいているが、なにかを飲みたいとはおもわない。ぼくには他人の飲み物に口をつけるほどの度胸もない。眠気が、かえってぼくの目を健康にする。不健康な健康――。
 ぼくの触手は視線よりもはっきりといそがしい。
     *
 あ、
     *
 生まれたての赤ん坊のたわいない手が、じゅんすいに、けんめいに、それでいてどこかごうかいに、居場所を求めるのを、ぼくは、にくたらしくおもう。
 でも、やっぱり、にくめない。
 赤ん坊の手は天使のつばさのように白く、顔は二日酔いの猿のようだ。大いに芝居がかっているが、その芝居はほとんど本質に迫っている。
     *
 ぼくは今日、花園のようにあかるい。そういえば、ぼくにはずっと、ひとりぼっちになるとわらいだしてしまう癖があった。
     *
 ぼくにはずっと、ひとりぼっちになるとわらいだしてしまう癖があった。でも、いつからだろう、ふと気がつくとその癖が癖ではなくなっていた。いつのまにか意図しなければわらうことができなくなっていたのだ。
 だからいまは、ひとりぼっちでも、だれかといても、わらえない。学生時代の友人が、ぼくをゆびさして、「わらえない星人!」とそれこそわらえない冗談を口にしたとき、ぼくはついかっとなって――トカレフのグリップぶぶんで――彼をなぐってしまったことがあった。
     *
 いつもの坂道で、季節はずれの黒猫たちとすれちがったとき、

 ばん!

 トカレフをぶっ放した。
     *
 その日の夜、〈兜率天〉の客たちの会話をきくともなくききながら、親戚のおねえさんの出産に乾杯した。
「……一刻も早く〈夜〉をとりもどすべきだ、とりもどさなくてはならない。そのためには、まず太陽を絞殺しなければならない。太陽を絞殺するために、おれはいま、絞首台をつくっているんだ」
「へえ、そのまえはなにをされていたのですか?」
「古い海図で帽子をつくっていた。毎日毎日、地図と帽子だ」
「その仕事に情熱はなかったのですか?」
「もちろん、あった。あったが……おれは毎晩、太陽の悔しさのために寝つけなかった」
     *
「吸うか?」といわれ、「吸う」とこたえた。ぼくは生まれてはじめて煙草――〝中天狗〟という銘柄だ――を吸う。数分後、眼前なのか脳内なのかよくわからないところに、なんていうか、フラミンゴと、そいつからパンティーを奪還しようとする子豚があらわれてきて、ついでに、すこし気分がわるい。
「これ、ほんとうに煙草ですか?」ぼくはきいた。
「煙草じゃないとすればなんだろう」――はぐらかされた。
     *
 二階の寝室へむかう途中、ふとうしろをふりかえってみた。フラミンゴも、豚も、だれもいない。というか、なにもなかった。来た道さえ、ない。建物もなければ街灯もない。まっくらなのに、なぜかやたらとあかるい。あかるすぎるほどあかるい。きのうのようにあかるすぎるのだ。ぼくはなにかいわなければならないとおもった。なにかひとこと、なんでもいい、なんでも……なにもおもいつかなかった。これはきっと、脳が腐りはじめている兆候だ。ぼくは、「脳、のう、ノー……」などとつぶやきながら、いそいで二階の寝室へむかった。しかし、ぼくのアパートに二階の寝室なんていう場所はない。
     *
 夜のない昼、あるいは昼のない夜のどこかで、垂直に目覚めてみたい。

 某月某日
 Fの日記のページをめくる。めくったところに、こんなことが書かれている。
〈神さまは、仮の姿を見せて帰るだけ。どんな神さまでも神さまの仕事とはそういうものだ。だからぼくたちは、月も、風も、鳥も、神さまのなにかのように、なにかの神さまのようにおもえる才能を問われる。季節というひびきさえ、いまはどこか、いとおしい。〉
     *
 ぼくは右手をトカレフのかたちにして、その銃口をじぶんの心臓にむけた。むけたまま、一分ほど息をとめて、吐きだした。
     *
 神さまに。みつかってしまった朝。台所に。でて。かるく。伸び。をすると。もう。光ばかりで。まぶしくて。まぶしくて。なんとなく。みすてられた。ような。そんな。気がして。あ。めまい。だから。いっさいのことが。まぶしくて。まぶしくて。まぶしい。そんな。朝を。いちどは。むかえてみたい。とおもう。
     *
「まばたきをまちがえるとすぐに秋だよ」

 某月某日
 ばん。ばん。ばん。

 某月某日
 カビが生えた太陽。
 ぼくは両手のおやゆびとひとさしゆびでひとむかしまえの丸眼鏡をつくって、そこからじっくりとカビが生えた太陽を見つめる。
 そしてぼくは見事にその太陽のかたすみに弾痕のようなものを発見する。
 やっ、ほー。

 某月某日
 ぼくは川岸にたって、しばらく、棒杭にひっかかったままなかなか流れていかない、破れたナイロン袋を観察しつづけた。まるで埃っぽい炎だ、とぼくはおもった。そしてもうそれ以上の形容はおもいつきそうになかった。
 ああ、この社会の仕組みを把握しているひとがうらやましい。どんなふうに仕事をこなせばいいのか、お金を稼げばいいのか、わからない。どんなふうに他人と接すればいいのか、どんなふうに食事をとればいいのか、どんなふうに趣味を見つければいいのか、まったく、これっぽっちもわからない。わからないわからないわからない。でも。
     *
――おっこちないで、ここまできたよ。
     *
 ぼくは走る。日記を読むように、手紙を書くように、走る。ぼくは走る。子豚のまなざしのように、篳篥の音のように。チョコレートのように、はしるはしるはしる。ぼくは、たったいま、国語の教科書を閉じたばかりなのだ。ようやく文法を理解したばかりなのだ。いや、ほんとうは文法なんてぜんぜんわからないままなのだ。
     *
 食欲はいつもせつない。
     *
 この世界のなかでひとつだけ、たったひとつだけ信じられるものがあるとすれば、それは? 湖が光を欲するように、旅が方角を指し示すように、ぼくはぼくに問いかける。 それは? と。それだけでじゅうぶんだ。もういちど、ぼくはぼくに問いかける。それは? と。うん、それだけで信じることができそうだ。
     *
 いつ見上げても月はつめたい。
 月はつめたい。だけど、ほんとうにつめたいのは、月ではなく、この〝距離感〟なのだとおもった。
 そしてこの結論は、どこかぼくをほっとさせた。
     *
 ぼくは、鳥のいない鳥かごからそっと履歴書をとりだす。

 某月某日
 今日のぼくの精神は夜明けのようにあかるい。うん、だから、だいじょうぶ。

 某月某日
 部屋のまんなかで、ぼくは目を閉じてでたらめにトカレフをぶっ放す。天井に。壁の世界地図に。今年のカレンダーに。本棚のうえの地球儀に。テレビに。パソコンに。プリンターに。空の缶ビールに。マンガ雑誌に。洋服ダンスに。椅子に。電気ストーブに。ゴミ箱に。窓ガラスに。ベッドに。枕に。クッションに。
 ぼくは、世界地図の、穴のあいたところ――日本海だ――をしずかに見つめる。見つめつづけていると、そこからごぼごぼと音がきこえはじめ、ほんものの海水が室内に流れはじめた。
 ベッドのふちに腰かけ、ふっと吐息をつく。ゆかいだ、とおもう。なんてゆかいなんだろう! と。だからぼくはちっともたいくつしない。
 ひとさしゆびのさきが子守唄のようにまどろんでいる。心臓は、なんだか階段を一気にかけ上がったあとみたいだ。
 決してかたどることのできないぼくの心臓。
 ちいさなちいさな心臓。
 くだらない勝利。
 ぼくはこうやって何日も道化師を演じつづけてきたことにある種の感動をおぼえた。ぼくはいつだってシジフォスの神話のようにじぶんでじぶんをくりかえしてしまうところがあった。
 歯痛――それだけがいまのぼくをなぐさめてくれる。ぼくはひっそりと体温計で履歴書の温度をはかる。
     *
 日常はたゆたう筏だ。このさきも、ぼくはこの筏のうえで、ぼくとはあまりにもかけ離れた顛末を、無関係でさえある顛末を、あたかもじぶんのことのように錯覚してしまうのだろう。
     *
 目がさめるとゆうがただった。ひとさしゆびにはまだすこし硝煙のにおいがのこっている。

 某月某日
 雨が葡萄のようにふる午後、ぼくは――やさしい神さま、ぼくだけの神さまを、もっとぴかぴかさせよう、とけっしんした。

 ぼくは歩く。
 ひとけのない町を。標識も看板もない、いろあせたこの町のはしっこを。
 コーラの空き瓶。使い捨てのコンドーム。さんぜんろっぴゃくきゅうじゅうはち円の抱き枕。

 あ。天使。

 某月某日
 いつも閉めきっているにもかかわらず、ぜんぜんくったくがなく、みずっぽく、あかるいぼくの部屋。ぼくはせわしなく五分にいちど、郵便受けをのぞく。のぞいてもなにもない。
 みんなどこへいくのだろう。ぼくは、ひとでも花でも木でも、名前をおぼえたぶんだけ、ほかのことを忘れてしまう。結局、ぼくはなにも知らないのだ。このさきもなにかを知ることはないだろう。なにかを知っているふりをしながら生きていくのだろう。だから、問わずにはいられない、みんなどこへいくのだろう、と。
 ぼくはせっせと部屋をかたづける。ふるぼけて忘れられたオルゴールのように、雨が、まだ、やまない。
     *
 右手のひとさしゆびがひりひり痛みだす。その指を左手でぎゅっと握りしめる。〝トカレフ現象〟なんていって、ばかみたいだ。これはたんなる〝ごっこ〟だ。もう終わりにしよう。
     *
 花が、必要なぶんだけ水を吸いあげるのは、不必要なぶんも見定めているからだ。ぼくは、別に届かなくていいという気持ちで、ただあてもなく、履歴書を書く、書きつづける。
 今日も、

 日差しはぴかぴか、ぴかぴかの神さま。

 とくちずさんでみる。

(了)
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