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日付、断片、鳥籠――フナイタケヒコ作品「シリーズ 私の層位学」へのオマージュ――

だれもいない日曜日の午後、ことりのいない鳥籠の
なかの、日付のない断片がしずかに輝きをはなつ。
頬杖をつく窓辺には原稿用紙や万年筆、ブルーのイ
ンク壷。まだ一行目を書き出せずにいるあなたのま
ぶたにうっすらときのうの虹の名残が倦んでいる。
ゆるやかにそれでいてふたしかに、符号にすぎない
この生活から遠のいていくこと。帰趨の定まらない
はばたきの行方を追いながら。風はいともたやすく
カーテンのすそをゆらし日射しはあられもないあい
さつをくりかえす。鳥籠のなかでなにがあったのか
本当の理由を知らぬまま、はじまりの季節を迎える
ためにさよならを忘れようとする庭のかたすみで、
そっと手をひきはなす子どもたち。その子どもたち
の名前さえ決められずにいるあなたの耳にもまた、
草花のささやきはさびしい。たとえばふるびたモノ
ローグのようにあるいはつめたい接続詞のように。
机の上の文庫本。花瓶。携帯電話。鳥籠のなかの、
日付のない断片がことりの記憶を語るまで。


私の層位学 作品 89-3 (1989)

私の層位学 作品 89-3 (1989)

『フナイタケヒコ 絵画の光景』をめくっていると、
「私の層位学 作品 89-3」(p50-51)に目が止まった。
まるで〝日付がばらばらになった鳥籠〟のようだと思った。
そのときその瞬間、この詩は生まれた。
たちまち、どうしようもなく、いてもたってもいられず、
なにかに無性に突き動かされるように、生まれた。
それを「衝動」というほかになんていえばいいのだろう。



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