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どこでもない此処で――詩集『水灯り』によせて

「昨夜のうちに ひっそりと積もった雪は/あくる日の光に溶けはじめると/その夜は 冷気を拒んで/踏みしだく足に/さりさりと呻きつく/悲しい音だ/覚えていなければならないことを/忘れてしまった寂しさだ/一人夜道を/なぜ歩いて来たのか」(「足音」一連)

 なんでもないときに幼いころの記憶がよみがえってくることがある。これまでずっと思い出そうとしても思い出せなかった、もうほとんど忘れかけていた光景が、ふいに脳裏をかすめる。胸を締めつける。なんでもないときだからこそ、かえって私たちは無防備に、衝動的に感受性を明かしてしまうのかもしれない。
『水灯り』という、うつくしく、せつない、しずかなひびきをたたえた詩集のページをめくる。視線はことばとことばの間をたゆたう。まるで、ゆれうごく水面に反射する光に呼応するかのように。

「一人佇む 庭の片隅で/私は はるか遠い空へ/焦点をあてた/幾重にも連なった雲の断層が/その昔 海であったように/白い波を打ち寄せながら/足元まで来ていた」(「しずく」二連)

 人はなぜ空を見上げるのだろう。昼も夜も、孤独であっても、満たされていても、人は空を見上げることをやめない。
 そのとき、私は、あなたは、何を知るのか。一羽の鳥か、あるいは一つの星を知るのだろうか。いや、もっとその先にある、永遠に似たものの声を聴くのかもしれない。
 空は、私の、あなたの、最初のふるさとである。何もない、はてしない故に、おおらかに私たちの帰りを待っていてくれる。もしかしたら、私たちがこの世界を去るときに発することばは、さようなら、ではなく、ただいま、のほうがふさわしいのかもしれない。
 この詩集のなかで、詩人は何度も空を見上げる。つられて私の視線も窓の外へ向かう。私は詩人といっしょに幼いころの記憶を思い出し、生命について考える。時折、星々の名を呼び合いながら。かすかに水灯りに照らされた、この、どこでもない此処で。

「無限が続き/奈落の底を照らす/一条の光めざして/はるばると/ただ はるばると 息つぎながら/一人の存在として 私は/ここにいつまで/佇ちつくせばいいのだろうか」(「星を刺す」終連)



詩集『水灯り』

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