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記事一覧

チドリさんのこと

 先日、『千鳥のうた』(詩・田中千鳥/絵・アジコ)をいただいた。チドリさんの詩にはいくどもふれてはいるものの、この冊子にはイラストレーターのアジコさんの絵がついていて、チドリさんのまなざしをとおりこころにのこった、やさしいなつかしいせつない情景が、そっくりそのまま写しとられているかのようだった。  キノハノ ヲチタ  カキノキニ  オツキサマガ  ナリマシタ(「無題」) チドリさんがはじめて詩を書...

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タイムマインド(エピローグ)

 ──誕生日おめでとう。 お父さんはそう言いながら、背中に隠していたものを見せてくれた。サッカーボールだった。 ありがとう、と僕は素直によろこんだ。 ──サッカーやりたいって言ってたものね。よかったね、舜也(しゅんや)。 お母さんがテーブルの上にケーキを置く。 僕はボールを抱きしめた。ねぇ、外で遊んできていい? ──もう夕方よ、明日にしなさい。 ──いいじゃないか、ちょっとくらい。 お父さんはいつも僕の味...

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泡だちこぼれるなにかを――青木幸太さん写真展「TRIPPING OUT」(2019年3月21日-24日)

 いま、鳥取市栄町のギャラリーそらで青木幸太さんの写真展「TRIPPING OUT」が開かれている。「旅にでる」をテーマにした作品が展示されているが、ぼくがもっとも興味をひかれたのは〝旅人〟である青木さんご自身のありようだ。青木さんはいったいなにものなのか、いったいなにを見ようとしているのか――。 旅の基本は横移動である。A地点からB地点へ、B地点からC地点へ。青木さんの視線と並行するように、色とりどりのスニーカー...

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タイムマインド(潤一編)(84)

       二十七 卒業式が終わり、そして教室に戻って、各々に卒業証書が手渡された。女子のほとんどが泣いていて、男子のほとんどが笑顔だった。 担任の近野は教壇に立ち、後ろ手に窓の外を眺めながら、言った。「この三年間、あっと言う間だったな……」 女子たちは一斉に近野のところに集まった。 僕は学生鞄を片手に立ち上がり、使い古した席から離れた。廊下の手前で、久野、と、僕を呼び止める声が聞こえた。 振り向...

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タイムマインド(潤一編)(83)

       二十六 卒業式の前日の夜、僕がカレーライスを食べていると、グレーのスーツを着た母がリビングに入ってきた。「明日はこんな感じでいいかしら」 わざわざ買ったのだろう。張り切りすぎだろと思うが、親にとっては、うれしいイベントの一つかもしれない。「まあ、それでいいんじゃない。何を着たって変わらないよ」 皮肉を口にしてみたが、母はおかまいなく、袖や足もとをチェックしている。子どもみたいな仕種に...

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タイムマインド(潤一編)(82)

       二十五 僕は、前世の記憶を捨てた。過去に左右されるなんてばかげたことだ。...

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春を読む(大島弓子さんの絵とともに)

(大島弓子著『つるばら つるばら』)君は落ち葉のソファに寝転んでほんの少し首をかしげながら春を読んでいたやわらかな日差しが君の頬や首筋をすべり落ちるたびに君は春を読んでいた(君がほんの少しでも視線をそらすと春は子鹿のようにふるえる)森の奥深く湖の上のオルガンが祝福のように緻密に音を挟んで清潔な思い出とともに風が君の名前をさらっていくひりひりするほどの寡黙さの中で君の読書こそこの春の調べにふさわしい...

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タイムマインド(潤一編)(81)

       二十四 文化祭の日以来、宮崎初美は僕を避けるようになった。それもそうだろう、あんなにもひどいことをしたのだから。 焦れば焦るほど、何事にも集中できなくなった。彼女の首を絞める夢を見て、慌てて飛び起きる、ということが何度もあった。 時間が急速に過ぎていった。あっという間に春になり、夏が来た。 ある日、僕は鳥取の大竹静子さんのうちに電話をした。初瀬惣一、初瀬惣次、そして僕──三人の人生を生...

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タイムマインド(潤一編)(80)

「よく平気でそんなことを言えるよな!」 言うが早いか、僕は宮崎の首を絞めた。彼女は机の上に倒れ込んだ。 めまいが激しくなった。吐き気もする。視界に映るすべてのものが幾何学模様にゆがむ。頭の中は真っ白だった。 すると、一瞬、目の前を何かがよぎった。さきほどの蝶が飛んでいるのだ。 ──もう会えないと思っていたよ。 僕はそうつぶやいた。ふしぎと穏やかな気分になれた。 そのとき宮崎が起き上がって、逃げ出した...

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タイムマインド(潤一編)(79)

 しかし、宮崎は首を横に振って、拒絶した。「誰?……久野君じゃないみたい」「何言ってんの? 僕は僕だよ」「まるで何かに取り憑かれているみたいだよ」 ふたたび心臓が飛び跳ね、鋭い痛みが走った。 僕は怒りを覚えた。なんで素直にしたがってくれないんだ、これじゃあいつまで経っても思い出せない! 僕は素早く宮崎の肩をつかみ、激しく揺さぶった。彼女は短く呻いた。 怖がることはないよ、と僕は言った。「前世を思い出...

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