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記事一覧

タイムマインド(潤一編)(63)

 彼女はよどみなく、まるで昨日のできごとのようにすらすらとしゃべった。簡単にまとめると、こういうことだった。 初瀬惣一と奥田愛子は再会した日、そのまま岡山県まで逃げた。その日は旅館に泊まり、親友の大竹勝彦や息子の初瀬忠人に連絡した。そして翌日、山の頂上から海へと投身自殺したのだ。 ここまでは僕も把握しているのだが、問題は「その後」である。静子さんはときどき目をつむり、まぶたの裏側に光る一粒一粒の記...

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タイムマインド(潤一編)(62)

 慶子さんといっしょに家を出た。彼女が直接、静子さんに僕のことを説明してくれるそうだ。 台風が来る前触れだろうか、風は静まり、空は厚い雲に覆われている。しばらくすると肌が汗ばんできた。僕はゆるやかに蛇行した小道を歩きながら、建ち並ぶ民家とスイカやメロンが育っている畑を見渡した。人気はまったくなく、のどかという言葉がとてもよく似合う村だった。 大竹静子さんのうちは、空山のふもとに、慎ましやかにたたず...

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(過去を振り返れば、)

過去を振り返れば、その時点で私はまだ生きている。風がこの行為の終わりを私に伝えようとするとき、私は冷たい部屋の片隅に他の行為を仮置きすることができる。しかし、それは行為ではない何かだとは言い切れない。...

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タイムマインド(潤一編)(61)

       十八 朝食の席で、僕は今日中に東京に帰ると告げた。惣次の両親は、まだいいじゃないかと言ってくれたが、僕は決めていた。二人はいい人だが、やはり僕はここの家族にはなれないし、初瀬惣次の代わりも務まらない。結局のところ僕たちは他人同士なのだ。 昨夜、激しい頭痛とめまいに見舞われながらも、母のことを考えた。自ら家を出てきたにもかかわらず、今母さんはどうしているだろう? と思う自分がいた。そし...

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二月

そのピアノの調べに棲みつく霊はやけにまつげの長い霊だったここから離れられないのだと言い訳がましいまた会いましょうと私は手を振った...

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タイムマインド(潤一編)(60)

「これは、惣次が二年のころ、運動会のときだわ」「横にいる人は早川愛美さん、ですよね」「そうね。このときはまだ二人ともつき合ってはいなかったわ」 僕は早川愛美を見つめた。髪を三つ編みにして、赤い鉢巻きをつけている。まだ十分にあどけなさがあった。今は――体操服といえば――どの学校でもジャージだと思うが、この当時はブルマのようだ。彼女の白くすらっとした足が地面に影をつくり出している。 そこで――僕はふと写真に...

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忘れ物

本のページを閉じてベンチから静かに離れる。ふと振り返ると、私が忘れられている。   *(いつもふいに自分を置き忘れてしまうことがある。置き忘れたことも、置き忘れられたことも、どちらも淋しい。ベンチの上に置き忘れられた私はまだ本を読み続けていたりコンビニのおにぎりをほおばっていたりする。自分を置き忘れてしまったことに気づいた私のほうは、それから数時間、まるで意思のないくらげのように、心もとない心境で...

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タイムマインド(潤一編)(59)

 風呂から上がり、台所に行くと、テーブルの上にぶつ切りのスイカが置かれていた。どうぞ、食べて。慶子さんが洗い物を片づけながら言った。 僕は椅子に座り、真っ赤な果肉にくらいついた。口の中に甘い汁が広がり、ほてった体をすずしくしてくれた。 忠人さんはたった今、僕と入れ替わりに風呂へ行ったので、しばらく上がってこないだろう。慶子さんの後ろ姿を見つめていると、次第に意識が「日常」に溶け込むようだった。父が...

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二月

(家から読みさしで持ってきた本をひろげる)   *鳥たちは、ときどき、風を織る傾きかかる夕日の、やけに白っぽいあたりを渡っていた   *くたびれた海図をくわえてどこへ行くのか   *あるいはゆるやかに雨季を編み込みながらも熟れた果実のなかで太陽と月が抱擁を交わす   *なにもかもが手つかずのままふとしたはずみで、ひとはそんなふうに――あたかも自明のもののように――ことばでないものになってしまう、だから...

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タイムマインド(潤一編)(58)

       十七「たんまりとおかわりしていいからね」 初瀬惣次の母──慶子さんはうれしそうに炊飯器からごはんをよそってくれた。 あれからすぐに忠人さんに連れられて僕は初瀬惣次の家に行った。ところどころ立て直してあるようだが、そこはまさしく僕が前世体験で見た場所と同じだった。長屋も車庫もみそ蔵も裏山も、すべてなつかしかった。僕が感傷にふけっていると、忠人さんから事情を聞いた慶子さんが駆け寄ってきた。...

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