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記事一覧

タイムマインド(愛美編)(16)

       六 あの対校試合の日、惣ちゃんはゴールポストに背中を強打し、すぐに救急車で運ばれた。医者が下した病名は脊髄損傷――圧迫脱臼骨折によって脊髄が損傷したのだ。脊髄の回復力はきわめて低く、傷を受けると恒久的な障害を残すことが多い。惣ちゃんの下半身は麻痺し、車椅子なしでは移動できなくなった。 私たち三年六組の生徒は、ようやく担任の先生から惣ちゃんの状態を聞かされた。私が最後に惣ちゃんに会った日...

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タイムマインド(愛美編)(15)

「一生、歩けないの。わかる? 一生よ、一生。死ぬまで歩けないの」 彼女は叫びにも似た声で、一言ひとこと強調しながらしゃべった。「あなたなんかに、惣次の苦しみがわかりっこないわよね。親の私ですらわからないんだもの。惣次はね、病状を宣告された日に、手に負えないほど暴れたのよ。手もとにあるものは全部投げて壁にぶつけて……私や夫、看護婦さんらが一日中押さえつけておかなければいけなかった。泣きじゃくって泣きじ...

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十一月(「複製」)

Frank Harrison Trio - Answer Me, My Love行方不明の鍵をさがす午後、いまだにじぶんがどの扉を開けたいのか判然としない。いや、そもそもなんの鍵をさがしているのかさえもあいまいだ。机も椅子も窓の配置も、なにもかもきのうのままのようではあるが、じぶんじしんはもうすっかり、かわってしまっていることに、おどろきを禁じえない。窓の外、こもれびのそこここに、ききおぼえのあるささやき声がひそんでいる。あなたが、あな...

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タイムマインド(愛美編)(14)

 体内の血がさっと引いていくのがわかった。「……どうしてここまで来たの?」 弱々しい声だったけど、そこには敵意がふくまれていた。「私、どうしても初瀬君に会いたかったんです。クラスのみんなも、何も聞かされていないから心配しているんですよ」「だからって、断りもなしに──」「母さん、別にいいって」 惣ちゃんが咎める口調で言った。「いいえ、よくないわ」 さっきからまばたきを一度も行っていないせいか目が充血して...

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タイムマインド(愛美編)(13)

       五 私はゴールデンウィークが明けてからもプリントや給食の残りを病院に届けた。惣ちゃんのお母さんに何度も「つらいでしょうから、やめていいわよ」と言われた。私は、やめるもんか! と胸のうちで反発した。惣ちゃんにやめろと言われたら考えるけど、お母さんに言われたぐらいでは怯まない。 だから今日も、学校が終わると病院に直行した。すっかり見慣れた病院内を早足で進み、休憩所まで行くと、惣ちゃんのお...

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馬はしずかに(絵・ひがしもとしろう)

冬の散歩道は時折喉の渇きを敵意にかえて歩く。だから、倦んだ国境にサボテンの鉢をひとつ置いて負傷した騎士の右腕が水辺の向こうにたたずむたてがみをかくまう絶え間なく鳴り響く湖のさざなみそのしらべが、ふるぼけた艀をなだめるのを馬はしずかに見つめている馬は、いったいだれの暗譜を祈るのか風が落ち葉や砂埃をまきあげてそのなかからいくつかサボテンの日付が見つかればいい...

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タイムマインド(愛美編)(12)

 おばさんの家は山の麓にひっそりとたたずんでいた。ささやかな庭付き一戸建てだ。築二、三十年は経っているようであるが、玄関を開けると立て付けのよさがわかった。花瓶に生けられたフリージアは瑞々しく春の呼吸をしていた。やわらかい、感じのいいにおいをかいでいると、おばさんに「さあ、上がって上がって」とうながされた。 広々とした客間に通され、私は緊張した。 おばさんはお茶を淹れてくると、それを私に差し出し、...

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タイムマインド(愛美編)(11)

 ちょうど上がってきたエレベーターから、若い男性が出てきた。私は乗り込み、昇降ボタンを押した。ほかに人はいなかった。 パネルにはめ込まれた各階の表示が横に点灯していく。 扉が開き、一階に出た。あら、という調子はずれの声が聞こえた。「あなた、あの桜のところにいた子よね」 はっとして視線を向けると、見覚えのあるおばさんが目の前に立っていた。昨日、桜並木で会った、ショートカットのおばさんだった。今日もカ...

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タイムマインド(愛美編)(10)

 躊躇は長引けば長引くほど途方に暮れさせるものだ。私は私に、ここまで来たんだからとゲキを飛ばした。一歩踏み出し、二歩、三歩とおそるおそる窓辺に近づいていく。やっと会えるというのに、なんでこんなにも動揺するのだろう。 カーテンの端に手をかける。ここでためらったらだめだ。私は、開け放った。顔は笑みをつくっている――つもりだ。自信はないけれど。 テレビを観ていた惣ちゃんと目が合った。正真正銘の本物。何百回...

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タイムマインド(愛美編)(9)

       四 朝のホームルームが終わると、担任の先生が私のところに来て、「今日は、初瀬の見舞いに行かなくてもいいから」 と言った。 一時限目に行われる理科の教科書を机から取り出していた手が、とまった。私はしかめっ面をつくって聞いた。「どうしてですか」「初瀬のお母さんから、親戚の人が亡くなられたので、病院に行くことができないと電話が入ったんだ。だから今日は来なくてもいいって、な」「だったら、直接...

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