FC2ブログ

記事一覧

松尾真由美さん詩集『雫たちのパヴァーヌ』(アジア文化社刊/二〇一八年十一月十五日)を読む

  一枚ずつ  開いていく  香りあるものの上空  鮮やかなみどりをたもち  こんなにも自由である  とても静かに晴れやかに  なまなましい皮膜をあわせて  あなたと私は水でつながり  午後の体温が極まるとき  柵がくずれて  息が始まる(「あざやかで自由な翼を」全文)   * 息は、はじまったかとおもえばすぐにおわる。浅く深く、遠く近く、やや湿り気を帯びたまま、たえず「そこ」を夢見たまま。意識よ...

続きを読む

タイムマインド(愛美編)(8)

 内容は、愛子さんへの思いがつらつらと書かれていた。思い出のようなのもある。たとえば、花が好きな愛子さんに影響されて自分も花が好きになったこととか、山に咲き乱れた花々を眺めながら歩いたときの気持ちとか、つき合う前はよく愛子さんが店番する雑貨屋に通ったことだとか――名無しの権兵衛さんは思い思いに語っている。読んでいるこちらまでもが赤面してしまうような文章だ。本当にこの人は愛子さんのことが好きだったんだ...

続きを読む

タイムマインド(愛美編)(7)

       三 つぎの日もそのつぎの日も、私は病院へと通いつづけたが惣ちゃんに会わせてもらえなかった。そこまで跳ね返されてしまうと、次第に惣ちゃんの身に何が起こっているのか気になってしかたがない。担任の先生はときどき会っているようだが、どうして私はだめなのだろう。病室の前まで行くのに、私の思いは毎回、スライド式の扉にあっけなく遮られてしまう。 今日は日曜日だ。私は朝から気力がなくごろごろ過ごして...

続きを読む

タイムマインド(愛美編)(6)

 学校が終わると、早速、自転車に乗って病院へ向かった。部活は休むことにした。鞄の中にはプリントとパン、牛乳を詰め込んでいる。 高架になったバイパスの下を抜けて十字路に差しかかると左に折れた。なだらかな坂道を上がって、そのまままっすぐに進むと市立病院が見える。自宅とは反対の方角に来てしまったので帰りはかなり時間がかかるだろう。空は一面雲に覆われ、今にも雨が降りそうな気配をにおわせていた。 ──惣ちゃん...

続きを読む

身の丈にふれる(写真・時本景亮)

(写真・時本景亮)きょうもまた、駅のプラットホームに自生している名無しの権兵衛だれもがうわべのみのあかるさであいさつをかわしながら身の置きどころのない所作をくりかえしているあおむけになったセミや自転車の鍵、ケータイの着信音……ほんとうは行くあてもなく、会いたいひともいない、というのに生命線の長さでもたしかめているのだろうか手のひらをじっと見つめているひとがいるどこかひとごとのようにたたずむひとの群れ...

続きを読む

タイムマインド(愛美編)(5)

       二 あくる日、一時限目は体育だった。となりの三年五組との対抗リレーをするらしく、ほとんどの生徒が顔をしかめた。私もかけっこは苦手な方だから、あまりよろこばしいことではない。 リレーの順番を決め、校庭に整列する。体育教師がおもちゃのピストルを鳴らした。一列目の二人が走り出した。私は列の真ん中にいるが、すでに心臓がどきどきしている。プレッシャーにめっぽう弱いのである。 前列にいる美歩が振...

続きを読む

タイムマインド(愛美編)(4)

 放課後は部活に出た。部活と言っても男子だけが真剣に練習して、女子たちはその姿を顔を上気させて眺めているだけだ。私と二、三人の子しか真面目に取り組んでいない。サッカーが好きな女子なんてめずらしいからしかたがないと言えばしかたがないのだが、せめて試合ができるぐらい集まらないかな、と私はひそかに切望している。惣ちゃんがいたときはちっとも苦にならなかったが、今は究極につまらない。 まだ一年生も入っていな...

続きを読む

タイムマインド(愛美編)(3)

       一 あれから二ヶ月が経った。私は頬杖をついて、はす向かいの惣ちゃんの席を見る。そこに惣ちゃんの姿はない。まだ入院中だと聞かされているだけで、先生は何も言ってくれない。 せっかく二年連続で同じクラスになれたというのに、せっかく最後の中学生活を楽しもうと思っているのに、惣ちゃんは、髪型も顔つきも背丈も何もかも普通の惣ちゃんは、なぜかここにいない。みんなが同じように授業を受けて同じように給...

続きを読む

十一月(「しずかな音楽」)

Bill Evans - Waltz For Debby歩行というのは一見、おだやかなようでいて、じつはつねに「見る」という非人称の語り手を内在している。歩けば歩くほど、対象とのあいだにきしみが生ずるゆえんだ。ジーンズのポケットのなかで車のキーのつめたさをもてあそぶ。しろいカラスが改ざんの文書をくわえている。暗い川を旅する一隻の筏。いつもすでにはじまっていることを、くりかえしている。突然、雨がふりだす。どうかすべての家の窓に...

続きを読む

タイムマインド(愛美編)(2)

「愛美の愛しき人は、果たしてボール持つことができるんかねぇ。心配、心配」 美歩の投げやりな言葉を聞き流して、私は声を張り上げた。「がんばって!」「今さらがんばっても時間には勝てませんけどね」 同じサッカー部の部員だとは思えない友だちの台詞に、私はむっとなった。が、すぐにため息に変わる。目当ての近野君に少しでも近づこうとして部に入った美歩には、何を言ったってむだだ。 そんなことよりも、試合に集中、集...

続きを読む