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記事一覧

十月(扇風機、風の重さ、のどのきしみ)

Frank Harrison Trio - My Love And I首振り式の電動扇風機を物置小屋に仕舞った。ややぎこちない動作で、それでも律儀に、生まじめに風を送ってくれるやつだった。   *こげばこぐほど覚醒から遠ざかる盗難自転車。ほこりまみれの地図帳。ゆるやかにまわるかざぐるま。かんかん照りの日がつづいたせいだろうか、地面のあちこちにひび割れができている。みずいろの風がふいにぼくのからだを透きとおらせる。精神や思考、行き先...

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タイムマインド(惣一編)(1)

       昭和二十五年 四月 ──前世。愛子さんは、その言葉をどのように受けとめるだろう。 口に手をあてて笑うだろうか。首をかしげて困るだろうか。もしくは眉をひそめて怪訝に思うかもしれない。いずれにしても、聞き慣れない言葉にとまどうだろう。僕は、いつも彼女の反応を思い描けずにいた。 机の引き出しから一つ帳面を取ってぱらぱらとめくった。 そこには愛子さんとの三年分の思い出が書きつづられている。道端...

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タイムマインド(プロローグ)

 エレベーターから降りると、そこには、なんでもあった。 いろんな色の洋服がずらっと並んでいて、いろんなかたちのアクセサリーが置かれていた。いろんな人たちも、いた。 お父さん、今度のボーナスで買ってくれないかしら。お母さんはそう言いながら、いろんな色とかたちのものをながめていた。 ねぇ、おもちゃ持ってきていい? 僕はお母さんを見上げて、向こうにあるおもちゃのコーナーを指さした。 ──しょうがないわね。...

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駅(写真・時本景亮)

駅は、閉ざされた貝殻のように沈黙を孕んで、ゆっくりと天体の動きを確かめている。人の細胞の数は六十兆個、そのことが不思議で仕方ない。プラットホームの椅子が整合性からのがれるために熱を発し、鳥たちが新品の靴を求めて飛び立つ朝、私は果たして優しい生き物だと言えるだろうか。熟れた季節や手紙、映画のフィルム……天使の落とし物が散乱している。私の眼鏡はもう虹しか映さない。階段に、さざなみのように刻まれた回想録を...

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群衆(最終話)(絵・ひがしもとしろう)

 そのとき、駅員の笛の音がこだました。驚いて振り向くと、人垣の間から学生服が見えた。丈の短いスカートの裾からすらりと伸びた足が宙に浮かんでいた。電車がじわじわとホームに迫っていた。まっすぐ、まっすぐ、そう、そのまま……犬になんかなりたくないね、まして野良犬なんかに。電鈴と、駅員の笛と、人々のどよめきが混ざり合って、一瞬――。〈了〉...

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十月(カワセミ、爬虫類、如雨露)

映画[ソラニン solanin] - ROTTI / ソラニン木の葉はひかりになるまでひるがえる。木の葉はひかりをふくんで、ありもしない日付をおもいださせる。さえずる木陰、さえずるこもれび。木から木へ、枝から枝へ。胸のいたむような記述を読み継ぐこと。黒いつば広の帽子をかぶった紳士的な犬が、いまにも二本脚で立ちあがり、あいさつをかえしてくれそうだった。   *土手沿いを歩く。中州のカワセミは瞬時に日ざしを集め、瞬時に鏤...

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群衆(15)(絵・ひがしもとしろう)

 プラットホームに人だかりができている。駅の電鈴が響いて電車がやって来る。目の前の男の首筋にはいくつもの血管が浮き出ている。耳の穴から一本、長い毛がにょきにょきと出ていて、微かに風の流れに反応を示すのが面白い。ふいに、この電車に乗ってはいけない、とりあえずこれは見送った方がいい、という直感が働いた。直感、あるいは危機感のようなものが。頭が痛い。眩暈もする。反射的に二、三歩、後ずさりした。ベレー帽の...

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群衆(14)(絵・ひがしもとしろう)

 犬になんかなりたくないね、まして野良犬なんかに。 なるんだったら、 誰にも知られないくらい、 小さくて、透明で、珍しいものに、 いつか新聞で読んだ、 あの、 なんだっけ、 ほら。...

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十月

EGO-WRAPPIN' - A Little Dance SKAつめたいあけがた。鳥たちがいっせいに森の設計図をくわえて飛びたつ。ぼくは二、三回咳をする。袖の内側にひそむなにか、とともに。ななめになった案山子をもとにもどす。よるべのない小鳥が、よるべのない種子をさがしている。いつか、みずからおぼれてしまうような、そんなさえずりをさえずることはできるだろうか。もうとっくのとうに行き場をうしなっている、というのに。   *(なんど...

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群衆(13)(絵・ひがしもとしろう)

 そのとき、私の中で固く守られていた何かが一気に決壊した。私は叫んだ。しかし私の叫びはサイレント映画のように無音で無害だった。私はよだれを垂らし頭をかきむしり身をのけぞらせた。背広の胸ポケットから携帯電話を取り出し、思いきり遠くへ放る。ティッシュも。ハンカチも。家の鍵も。ネクタイも放る。ベルトも放る。そして、上着も放る。私と同じことをしている者もいれば、目をつむり、肩を落としたまま、ただただ途方に...

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