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記事一覧

八月

岡林信康 コペルニクス的転回のすすめ(ふいに風を見失う。八月)   *海辺に窓の枠のぶぶんが落ちていた。目の高さまでかかげて、肖像、とつぶやいてみる。ちっともわらえない。   *それから、やむことのない波音を持ち帰った。食器のうえにおき、それを食した。ナイフとフォークで、ほんのすこしの哀切をていねいにおりこみながらそれを食した。ちっともわらえない。   *(近所のちいさな公園で太極拳の練習をするひ...

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静けさの復習(96)

 ぼくたちは手をつないだまま、波のなかを転がる。 波のなかを転がりながら、ぼくは「好きだ」といった。「愛してる」とも。するとこいびとも「好き」といった。「愛してる」とも。 そんなことを意味もなくくりかえしながらぼくたちはなおも波のなかを転がる。まるで樽のようにころころ転がる。 もし明日という日が、ふたつ以上あるなら、たとえば正しい明日とか、まちがった明日とかがあるなら、ぼくたちはきっとまちがった明...

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八月

沢田研二 時の過ぎ行くままにカーテンのドレープからまかれる種子を、あこがれ、と呼びたい。いくどもおりかさなりながらも、かたちのない風をあかるくかくまう。定点に依拠することをいともたやすくしりぞける。根拠や基盤、基準よりもなにもかもがこのよるべなさに、もう、しゃがみこんでしまいたいのだとおもう。いつごろからひとは遠ざかるのか。鳥は飛びたつのか。だれもいないこの部屋でカーテンのドレープからまかれる種子...

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静けさの復習(95)

(写真・時本景亮)――すこし気が早いけれど、冬がきたらひまわりを植えよう。 ぼくは提案する。――ぼくはまだ冬にひまわりを見たことがないから、見てみたいんだ。――ええ、冬になったらひまわりを植えましょう。 こいびとが同調する。――ぼくは冬、見たいんだ。――ええ、わたしも冬、見てみたいわ。――いっそどの花も季節をまちがえてしまえばいい。 ぼくは心からそう願った。――ねえ、なにもそんなものを望まなくたって。 こいびと...

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八月

Norah Jones - Carry On文学好きのかたと電話ではなしていると、高村光太郎と智恵子のことが話題にのぼった。そのひとはこういうのだ、高村光太郎にとって智恵子を愛することは、書くことそのものだったのではないか、だからこそ『智恵子抄』は生まれたのだ、と。それからぼくたちはこんなふうにつづけた、ひとと出会うことこそ人生のモチーフだ、たとえもしその出会いによってつらいおもいをし、涙をながしたとしても、なにかしら...

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静けさの復習(94)

(……魚にもまぶたがあればいい。まぶたがない魚はいつどんなふうに泣くのだろう、泣けばいいのだろう。ぼくたちはまぶたがあるから泣けるのだと思う。まぶたがあるから涙を閉じ込めていられるし、涙を流すこともできるのだ)...

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八月

Dave Brubeck - Take Five風がふけばことりの死を落ち葉がかくまう雲の影がさっとよぎり小川のせせらぎが歌をそえる草木もまた その死をいたむたった一羽のことりのために   *そこまで書いて、急に嫌気がさした。しばらくは詩――のようなもの――を書くのはやめようとおもう。おもうが、しばらくするとまた詩――のようなもの――を書いてしまう。窓の外ではカラスが「アホ―」と鳴いている。むかしから、カラスは「アホー」と鳴くか...

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静けさの復習(93)

 ぼくたちは、いまにも西日に溶け込んでしまいそうな、どこかいたいけな海辺を歩きながらも、ときどき足もとに視線を落として、記憶のかけらを――ぼくたちにとってもっとも切実な記憶のかけらを――探し求めた。流木、ビール瓶、食後のプリンカップ……。――それにしてもなぜ椅子がこんなにもたくさんあるのだろう? ぼくはこいびとに向かっていった。こいびとは、聞こえたのか聞こえなかったのか、ただじっと沖のほうを見つめている。...

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静物

静物はいつも困っている。かなり困っている。静物は本当はいつもくしゃみをしたくて仕方がない。静物は鼻をむずむずさせながらも気取ったりすましたりしている。静物は嫌な奴、けれどどこか憎めない。静物はときどき、もうたくさんだ、となげく。静物はときどき、よしやってやる、と決意する。静物はときどき、目を細め口を開けくしゃみの体勢に入る。(しかしくしゃみは出そうで出ない)静物は、やっぱり静物のままである。静物は...

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静けさの復習(92)

 まちのあちこち――建物や看板や路上――に、飛び去ったあとの鳥の影が残っていて、ぼくにはそのすべてがカラスのようにしか見えないのだけれど、こいびとにはそのすべてがアラビア文字のようにうつくしいのだそうだ。(海が見たいね)(うん、海が見たいね) ……考えてみれば、素性の知れない異性に恋をするのも一種の記憶喪失のようなものかもしれない。相手のことをなにも知らないまま――だからこそ、ともいえるが――関心を抱き、ま...

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