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記事一覧

静けさの復習(60)

(写真・時本景亮) 記憶をなくすことと、影をなくすことでは、はたしてどちらが恐怖だろう。こんなふうに記憶をなくすこともあるのだから、じぶんの影に裏切られたり見限られたりすることだってなきにしもあらずだ。 記憶をなくしてもぼくはまだ発狂していない。でも、影がいなくなったら正気ではいられないような、そんな気がする。 もしかしたら居場所というのも関係しているのかもしれない。 ぼくたちの居場所はまだ、「あ...

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小さな荷物

この冬の片隅に「孤独」という小さな荷物を置いてきた荷物に「お」をつけると余計なもの邪魔者扱いであるが「孤独」もまた腫れ物のように扱ってはいないか(「孤独」を置き忘れればからだもたましいも身軽であるがどうして孤独でないわけがあろう)時折 幼い子どものようにかたちのない風にふれる祈るあてを探すことそのあてを祈ること「孤独」の名残が手のひらになじむ午後(日本海詩壇入選作品)...

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静けさの復習(59)

 するといきなりこいびとに頬をはたかれた。ぼくは、ああきっとハエのときの恨みだと思った。ああ、そうか、彼女はずっと恨んでいたんだ。ぼくが忘れるのを、このときを待っていたんだ。...

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静けさの復習(58)

 だれにも知られずに日常を送ることがどれほどむなしいことか。ぼくたちは日に日に身に染みてきている。でも、だからといって、だれかに知られたいわけでも、だれかと話したいわけでもない。というか、はたしてぼくたちには知りあいはいるのだろうか。ぼくたちの存在を知っているひとがいったいどれほどいるのだろう。ぼくの両親はだれだろう。こいびとの両親はだれだろう。おじとか、おばとか。あるいは、きょうだいとか。ぼくた...

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 その村を生かすのは 畑 畑と 畑と 畑 畑 畑 すべての畑たち すべての畑に 人 本物の人と 案山子の人 あるいはたんなる傍観者 しかしカラスは懲りない 懲りないカラス 見分けるカラス カラス カラス カラス 作物 作物 作物 作物 作物 作物 作物 作物 作物 作物のない畑は存在しない 故に 畑 畑 畑 畑のない村は生き残れない 広がる畑 連なる畑 売れる畑 荒れる畑 畑 畑 畑をうたえ 畑 ...

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静けさの復習(57)

(写真・時本景亮) 気まぐれに立ち寄った教会でぼくたちはまずおたがいの距離を祈った。どうか末永くいっしょにいられますようにと。 それから先ほど目にした数々の光景――水辺のうつくしさやこわれた自転車、鼻をぬらした子犬など――を祈った。どうか末永くみんなそのままでいられますようにと。 とりとめもなく祈りを捧げながらも、ぼくたちは斜めまえにいる老人を注意深く観察した。 その老人がいつ祈りをやめるか、ぼくたち...

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困った家に帰りたいが家に帰れない家が遠ざかり私も遠ざかる私は居酒屋に入って酒を飲み気分を落ち着かせたしかし千鳥足ではますます家に帰れそうにない遠ざかってしまう遠ざかってしまう家が遠い家が遠い家が遠い道順はぐにゃぐにゃ俺の家はあれか屋根はあんなかたちだったっけ玄関の様子も妻の顔ももう何もかも思い出せん頭の中は過去の女の鎖骨ばかり近所の公園で顔を洗うそうか私にはもともと家などないのかと思う思うが思いた...

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静けさの復習(56)

 土手を歩いていると、ふいに一匹の魚が――川を見捨てるように――跳ねた。それからカラスが二羽――空を見捨てるように――飛び立った。 ぼくはふいに叫ぼうと思いたち、のどを意識した。 しかし、のどがどこにあるのかわからなかった。声をだすためにはいったいどこに力を入れていいのかわからなかったのだ。...

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美術館の順路

 美術館の順路にはそれなりの理由があるのだろうが、もうすこしこちら側(鑑賞者側)の恣意を信用してほしいともおもう。あるいはわざと「どこにも向かわない歩行性」を容認する方法はないか。たいせつな場所へいくことは、とまどいやもどかしさ、ふたしかさをともなう。ときにはそれは喪失につながるかもしれない。それでもひとは歩むのだ、歩まなければならない。(……美術館の構造は花譜に似ている。一歩一歩足をまえへふみだす...

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静けさの復習(55)

 こいびとに追いついたとき、ようやくぼくは、先ほどの青年がぼくとうりふたつだったことに思い至った。――きょうはどこまで歩こう。 とこいびとはいった。――どこまでも、はてしなく。 とぼくはこたえた。 あおぞらのあちこちに鳥の影が残っている。鳥はたまに――気に入ったところに、気まぐれに――影を残す。こいびとはいつもそれを「空のいれずみ」と形容する。あまりすてきだとは思わないけれど、すてきだね、とぼくは嘘をつく...

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