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記事一覧

静けさの復習(37)

 郵便受けに封書かなにかが落ちる音にはっとして目を覚ました。日差しがあかるい。悲しいまでにあかるい。 郵便物を見にいったがなにもなかった。近くの家の、車のボンネットのうえで二匹の猫が伸びたりちぢんだりしていた。――なにを書いているの? とこいびとが訊く。――日記だよ。 とぼくはこたえる。――……なんて書いてあるのかぜんぜん読めない。まるでわらいたくないみみずみたいね。――ぜんぜんわらいたくないみみずなんかじ...

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One Step at a Time

(写真・時本景亮)たとえば幽霊船のようなものにふたりはつねにまわりこまれていて吐息の影もないあえて見出しをつけるのなら老船長の青白さ鳥がその双眸をくわえて飛び立つどうやら帆は風にはぎとられ根もとから断たれたマストが波間に消えるあるいはあらゆる遺伝子のそのまた内側にまで泣いてすがりつく泡沫、という逆理を蹴散らしていく泡沫はいつか風にさらわれればいいという逆理にとらわれているらしいほんのつかの間、一歩...

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静けさの復習(36)

 深夜。コンビニをでてすぐだった。すれちがいざまに酔っ払いに「おまえらはなんなんだ?」といわれた。意外にも鋭い目つきだった。ぼくたちはきつく手をつなぎあい足早に通り過ぎた。酔っ払いはまだなにかいっているようだったが、いっている内容はあるいはぼくたちとはなんの関係もないことのようだったし、追いかけてくる気配もなかった。しかし、ぼくたちの脳裏には酔っ払いのことば――「おまえらはなんなんだ?」――がしっかり...

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噂、サンドイッチ、昼顔

 見る、まなざす、という行為は素朴なリアリズムだ、素朴だからこそ怖い。愉悦や優越感。妬みやひがみ。懐疑心や猜疑心。きょうも片田舎のそこここに日本人の視線の癖がある。見ていないようで見ている。井戸端に集う噂愛好家たちは、ひたすらご近所の関係性のあんばいのみに終始していて、宗教性も芸術性もまったく欠いているようだと、たとえば畑のかたすみでサンドイッチを食みながらひとりごちるぼくもまた、宗教性も芸術性も...

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静けさの復習(35)

(写真・時本景亮) そのことをいま思いだした。たったいま、記憶がひとつよみがえったのだ。 ぼくは驚きのあまりこいびとの顔を見た。ぼくの反応が大げさだったため、こいびとも驚きのあまりぼくの顔を見かえす。 ぼくは、しかし口をつぐんで、こいびとの顔から視線をそらした。こいびとは、しばしふしぎそうにぼくの顔を見つめていたが、そのうち視線をそらした。 あやうく記憶がひとつよみがえったことを告げてしまうところ...

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壷阪輝代さんの詩「時つ風」(詩誌『ネビューラ』第61号)を読む

  駅前通りを歩いていると  ふいに横に並んで  歩幅を揃えるひとがいる  首をめぐらせると  あした  四十年振りに再会するはずの友である(一連) 壷阪輝代さんの詩「時つ風」はそんなふうに、おもわぬ再会からはじまる(厳密にいえば再会のまえの邂逅である)。その友人は、二連目で、「近頃わたしのまわりを時つ風が吹くの/誘われるままに乗ってみたら/一日早くあなたのところへ来てしまったわ」とほがらかにうち...

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静けさの復習(34)

(……そういえば、ぼくにはときどき雨の数をかぞえる癖があった。もちろん、雨の数をかぞえるなんてとうてい無理な話だけれど、それでもなぜかぼんやりと雨の様子を眺めていると、雨の数が正確にかぞえられているような、そんな安堵感が得られるのだ。子どものころはよく雨の数をかぞえられるなんていうと友だちに不審がられたり、からかわれたりしたものだ。じゃあいま何滴かいってみろよと迫られたこともある。しかし、何滴とか、...

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上手宰さん詩集『しおり紐のしまい方』を読む

 上手宰さんの新詩集が届いたときはうれしかった。ああ、ぼくのことをおぼえてくださっていたのだと、腹の底からよろこびとともに熱いものがこみあげてきた。早速、転がりこむように二階部屋へいき、スマートレターから詩集をとりだした。なんていえばいいのだろう、詩人の感受性がありとあらゆる〝ことば〟にさいなまれているかのような、そしてそれに詩人はけんめいにたえているかのような、そんなすごみのある装丁に、はっと息...

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静けさの復習(33)

(写真・時本景亮) 窓の外をぼんやり眺めていると突然、雨が降りはじめた。ぼくは、なるべく聞こえないほうの耳で雨音を聞こうとする。なぜそんなことを思いついたのか、じぶんでもよくわからない。 天国、とぼくはつぶやいた。 雨の日には雨の生きものがわっとわく。ナメクジなんか、知らないうちにそこらじゅうにいる。どこからどうやってきたのかわからない。ぼくたちもまた、雨の日には雨傘を携えてナメクジのようにまちの...

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(そういえば、ずいぶんとまえのはなしになるが)

Romance de Amor そういえば、ずいぶんとまえのはなしになるが親戚のおばさん――もう何年かまえにがんで亡くなってしまった――とお茶しているときに彼女がだしぬけに「ぜったいにわたしにとって〝どうしてもというひと〟は相手にとっても〝どうしても〟っておもってもらえるとおもうの、通じあえるはずだわ」というようなことをおっしゃったので、なかなかそういうことにうといぼくは「それはいったいどういう意味ですか?」とテー...

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