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記事一覧

植樹(写真・時本景亮さん)

私は私の体には木を植えなかった。しかし妻は自分の右肩に木を植えた。どうしてそこを選んだのだ? と訊くと、ゆずり葉の音色を味わいたいからよと返された。まだゆずり葉だと決まったわけじゃないだろう?いつもあなたはそうやってあたしを苦しめるんだわ。狼なのか野犬なのかわからぬが外で獣の気配が立ち上っている。空き家に寄生した空き家が彼らを呼んでいる。青白い月の光に照らされたハグロトンボの羽が舞い上がるのを私た...

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、ずるい。

ひかり、が葉のふちをなぞってすべり落ちるのはずるい。ほお、のさきのゆびさきや、ほほえみ、のまえのまばたき。まぶしいまばゆさのまなつのまひるに、ひかり、が葉のふちをなぞっていて(まるでだれかのさびしさのようでいて)、ずるい。...

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水たまりのような。消息。...

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波の記憶(写真・時本景亮さん)

はじめて女の裸足が貝殻を踏む音を知った。その新鮮さに、私の意識の波はくぐもって、本物の波の呼吸をすっかり忘れた。敏活だった、お互いが。そして、どこかで、その海の知性を愛する者の気配が匂い立つ。駆けめぐる。さめやらぬほどに。白牡丹の花びらのような飛沫の一つ一つに、空の晴れ間が映り込んでいて。私たちのくるぶしを掴まえる、暗い、うねりの予兆をはらんでいる。やがてそれは来た。目覚めた場所は夏の午後の駅の前...

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冒険者

ふいに、超早熟のきみはマッチ棒で筏をつくろうと思いたつ。その思いつき自体はたいして目新しいものではないが、しかしきみには不屈の精神が宿っている。そしてきみは、ぼくたち大人が三ヶ月以上かかっても完成させられないものを、まさに驚くべき早さで仕上げてしまう。「天才だ、わたしよりもずっと!」アインシュタインが天国で自慢の舌をかみながら感嘆する。「なんと明晰でやわらかな頭脳の持ち主だろう」路上に転がった五次...

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どの扉も窓もなんのかかわりもなくならぶ通りでふいに、はぐれた風と出会ったその風は、かなしい、と告げる知らない町だからではない知らない季節だからではない...

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After Memories ――海へ――(写真・時本景亮さん)

彼女は一度も海を見たことがなかった。   *日曜日の午後、三十分ほどバスにゆられて白兎海岸へ。いつものように、あたりまえのように海はそこにあって、波はえんえんとあてのないしぐさをくりかえす。夏休みの絵日記には決まって青いクレヨンを使ったと私が言うと、彼女は口もとに微笑をたたえて、それからそっと、目をつむった。――わたしたち、まだ何も名付けずにいましょうね。(波打ち際では、ほほえみあうことも、ましてこ...

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鳥取のスケッチ(二〇一五年二月)

風のない日、津ノ井駅から鳥取駅まで行く汽車のなかで、『菱』という地元の同人誌をぱらぱらとめくった。かつて大人たちは、私が問いを口にするたびに、腕を組んだ。今、子供たちが問いを口にするたびに、私は腕を組む。――こんな人間が詩を書いていてもいいのだろうか?(飼い主とはぐれてしまった猫が、何度もあくびをする。何度もあくびをしながらゆっくりと老いていく……)私はもう、若くもなく、清潔でもなく、かといって貧しく...

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傘をひらけば

あなたの傘はあかるい日ざしのなかでひらかれるその待ち遠しさに  ぼくは百本の傘を       用意するぼくもきみも単数だが傘をひらけばたちまち複数として生きられる傘と傘がかさなる、ぼくたちのまち。...

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After Memories ――森へ――(写真・時本景亮さん)

風のなかでその鳥は悲しみを織っている、まるで「おはよう」といっているみたいに。   *わたしたちの歩行はいつも決まって晴れやかで、すこし残った雪のかたまりさえきらきら輝いていて、おたがいがおたがいにたえず見て見ぬふりをつづけながらも、あなたは、ときどき、森に住みたいといってわたしを困らせた。――あなたには聴こえるかしら、その鳥のさえずりが。(日差しのまぶしさや木漏れ日のうつくしさ、木の幹の空洞や葉擦...

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