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記事一覧

松尾真由美さん詩集『花章―ディヴェルティメント』(思潮社刊/二〇一七年二月二十日)を読む

 装丁にはもうすでに〝予感〟がある。未知の感情に魂を揺さぶられるであろう予感である。呼吸を整えながら、わずかにその予感を迂回しながら、思いきってページをひらく。やはり、予感は的中していた。〈明るいところと/暗いところ/ひとつの花もそのように分断されて錯綜する/ことばはつねにあやうくあるので/意味や情報その他の動静/不安定になるのだった/捩れながら伸びていく葉の/先の不穏を感じつつ/だからこそ紅もみ...

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夏瞳さん詩集『灑涙雨』(如月出版刊/二〇一六年七月七日)を読む

〈未来にいなくなる 言葉が音に回帰する〉 夏瞳さんの詩集『灑涙雨』は、このせつない二行からはじまる。〈未来にいなくなる/言葉が音に回帰する〉というところから詩をはじめるには相当、時間がかかっただろう。詩を、ことばを、音に回帰するための糸口をつかむのは――むしろ詩人であるからこそ――容易ではない。〈天の奥に目があると 信じるふたりの 終わらない逢瀬〉 この詩集のことばは、ほんとうは引用できない。ことばは...

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白島真さん詩集『死水晶』(七月堂刊/二〇一七年)を読む

〈私がこの世に生まれるやいなや、私の影は存在し始め、私と共に成長してきた。しかし、それは、私の死にあたってはどうなるのであろうか。私と共に土の中に葬られるのか、あるいは、主人から初めて自由を得た奴隷のように、自由にどこかに飛び去って行くのか、あるいは、影は影の墓場をもつのであろうか。いや、影はその主人と異なり、光の存在にともなって消失したり再現したりを繰り返しているように、死と再生を繰り返している...

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子ども

一人、静かに正座し、自分よりも大きな卓袱台に向かい、自分よりも大きな茶碗を傾け、長い長い箸を握りしめ、飯を喰らっている。自分の名前すら忘れて、いっしんに掻き込んでいる。そして、もういちど、自分よりも大きなコップの水とともに、飢えを飲む。ゆっくりと、飢えを飲む。高山辰雄『食べる』(1973)日本画家・高山辰雄(1912 - 2007)の『食べる』という作品に衝撃と感動を受けて書いた。無心に食べるこの子どもの姿を、...

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空とトカレフ

 某月某日 さっそく、ひとさしゆびとおやゆびをたてて〝銃〟のかたちにした。そのかたちを、トカレフ、と名づけた。 トカレフをじっと見る。 トカレフをじっと見る。 トカレフをじっと見る。(この拳銃さいだいの特徴は安全装置がないことだ) ばん。(空を撃つ) ばん。 ばん。 ばん。(空の血は青い) 某月某日「トカレフって知ってる?」とぼくはきく。「なにそれ。おいしいの?」と彼女はいう。「あるいは」とぼくは...

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