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記事一覧

響けよ、愛しのブンガク(二十/最終話)

       二十「これから死のうと思ってまちゅ。でも、一人じゃ、嫌でちゅ。お願いでしゅから、一緒に死んでくだちゃい」 ブンガクは赤ちゃん言葉で話す。「きみならぼくの苦しみをわかってくれると思ったんでちゅ。だから電話したんでちゅ」 一拍置いて、「山崎冨栄になってくだちゃい」 と言う。 わたしはため息を漏らす。再会とはこんなにふざけたものであっていいのか。「で、今どこにいるのよ?」「山の麓。公衆電話...

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響けよ、愛しのブンガク(十九)

       十九 空港で千明を見送って……ブンガクがいなくなって……猫を引き取って……。 五年――五年も経ったのだ。 あの日、わたしはブンガクを痛めるだけ痛めつけた。そしてその翌週に、こっそり様子を見に行ってみると、橋の下の、黄色いぼろぼろのテントはきれいさっぱり撤去されていた。ブンガクの姿もどこかへ消えてしまっていた。 死ね。そうつぶやいて、足もとの小石を蹴ったのだ。 その後、わたしはブンガクの存在し...

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響けよ、愛しのブンガク(十八)

       十八 結婚なんて、大方愛をなくしたカップルのためにあるんだって思ったり、いまどきそんな大層なものじゃなくて文化祭みたいなものだって軽蔑視したりしてたんだけど……えへへ、このたびあたしは、あたしたちは、結婚することになりました。ピース。 千明からの手紙は毎回、唐突だ。心臓に悪い。 前回は、千明が旅先で――たしかチェルシーというサッカークラブの試合を観戦しているときに――日本人男性と知り合った...

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響けよ、愛しのブンガク(十七)

       十七「ぼくの内側の、深い淋しい闇の部分の一角に、灯台が建っている」 一昨日のことなどなんとも思っていないのだろうか。ブンガクの口調は軽やかだ。「その灯台は、ぼくの無意識を一瞬一瞬、間欠的に照らしてくれる。そしてその一瞬一瞬は、日本刀を抜刀するがごとく、鋭い。ぼくはそれを見逃すわけにはいかないのだ」 言っていることがちっとも理解できない。 川。 わたしたちは石段に腰かけて、目の前に流れ...

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響けよ、愛しのブンガク(十六)

       十六「ぎんーっ」 はたちはそう言いながら大手を広げて、わたしの到着を歓迎する。「ぎんーっ。会いたかったぞお」 待ち合わせ場所である駅前広場。そこの噴水の縁に乗って声を張り上げている。「ぎんーっ。おれ、ぎんとのデートが楽しみで昨日から一睡もしていないんだぞ。すげえだろ!」 バカ丸出し。わたしはほとほと呆れながら、そして少しうつむき気味に、はたちのところへ行った。「ぎんーぎんーって、おば...

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響けよ、愛しのブンガク(十五)

       十五 また一つ、ブンガクが教師だったころの思い出を、思い出した。どうして記憶はモグラみたいに予想だにしない場所から出し抜けに顔を覗かせるのだろう。とても不思議。 あれは小学校六年生のころ、確か卒業式を二カ月後に控えた、雪がさかんに降る日だった。 創造する心。書き初め。窓の外の銀世界。教室の隅の、ストーブの上のやかん。 そうそう、習字の時間のことだ。わたしたちは半紙に「創造する心」とい...

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響けよ、愛しのブンガク(十四)

       十四 あくび――。 わたしが長々としゃべると十中八九、彼は眉間に皺を寄せてあくびを噛み殺す。その都度わたしはますます饒舌になるのだが、しかしそれは何も依怙地になっているわけではなく、ただただ彼のあくびを噛み殺す仕種を見ていたいという単純明快な行動理由なのである。つまり、彼は、わたしに不毛な言葉を吐き出させるほどの魅惑的な「あくびの噛み殺し方」を熟知しているのである。 よってわたしは、「...

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響けよ、愛しのブンガク(十三)

十三 一週間後、千明から手紙が届いた。それは予期しない、うれしいプレゼントだった。〈先日、金縛りにあいました。はじめてのことです。〉という突拍子もない書き出しに、わたしはたまらず吹き出した。右上がりの自由で奔放な筆致。便箋から立ちのぼる知らない土地の香り。人に手紙をもらったのは、いつぶりだろう? わたしはそんなことを思いかえしながら読みはじめた。〈昼間、宿泊先の古い侘びしい部屋でうとうとしてたら、...

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響けよ、愛しのブンガク(十一、十二)

       十一「もしもし? 吟子?」 四度目のコール音のあと、甲高い男の声。「吟子なんだね。うん、そうかそうか」 声の後ろ側では朝の職場の騒がしさ忙しなさが入り乱れている。 わたしは息をのんで目をつむる。こめかみのあたりが、ぴくぴくしている。「今はちょっと手があかないんだけどね、うん、でも、吟子が来いっていうのなら行くよ。……そうだな、昼ごろにはそっちに行けると思うんだけど、正確なことはわからな...

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響けよ、愛しのブンガク(十)

       十 五日ぶりに公園へ行くと地球バスは見事に完成していた。青一色だったボディが、とにかく地球の絵で埋まっているのだ。 わたしは感動を覚えた。ここまでわたしの美的センスをくすぐる絵がこの世の中にあったのかと、しばし見とれた。 気持ちをそのまま伝えようと地球バスに行ったが、しかし車内にブンガクの姿はなかった。それどころか荷物らしいものが一切合切なくなっていた。数日前に見た光景とは明らかに違...

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