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記事一覧

草野理恵子さんの詩「うみは馬として」(詩誌『Rurikarakusa』十一号/二〇一九年五月二十日発行)を読む

 詩を読むときは、つねに手探りだ。手探りをしながら、じぶんの頭で考え、じぶんのこころで感じること。詩人を信頼するまえに、まずはじぶんじしんを信頼すること。誤読をおそれないこと。 一回読んでみてなんとなくわかることもあれば、まったく歯がたたないこともある。なんど読んでも読めないことがある。しかし、いかなる場合も、読めないことはわかるのだ、読めないことだけは読めるのだ。詩を読むとは、そういうことだとお...

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北島理恵子さん詩集『ぬり絵』(版木舎)を読む

「おとこのこも おんなのこも/すわっていた石段も/乳母車も 水飲み場も/仔馬の乗り物も/そこではすべて 細い線で縁どられていた」 表題作「ぬり絵」のはじまりは、さびしい。いろのない、ほそく、せつない輪郭線のみの世界。北島さんは、あえて記憶のかごをゆらして、そこからこぼれるものをていねいに、すこやかにいとおしむ。なんてせんさいであやうい感性なのだろう。「背景には 人けのない神社があった/古い木戸があ...

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日原正彦さんの詩「鳥」(詩誌『橄欖・第一一三号』)を読む

 日原正彦さんの詩を読むと、ことばをうしなう。いつもそうだ。 あ。 とおもったら、もうおそい。 ぼくにとっていい詩とは、 あ。 とおもわせてしまう詩のことである。 もちろん、はっと息をのむ詩もいい詩だし、しばし、あぜんとしてしまう詩もいい。 いい詩には、ことばをうしなわせてしまうなにかがある。 そのなにかとは、いったいなんだろう? きっとだれもこたえられやしない。詩人だってお手上げだ。 でも、ひと...

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松尾真由美さん詩集『雫たちのパヴァーヌ』(アジア文化社刊/二〇一八年十一月十五日)を読む

  一枚ずつ  開いていく  香りあるものの上空  鮮やかなみどりをたもち  こんなにも自由である  とても静かに晴れやかに  なまなましい皮膜をあわせて  あなたと私は水でつながり  午後の体温が極まるとき  柵がくずれて  息が始まる(「あざやかで自由な翼を」全文)   * 息は、はじまったかとおもえばすぐにおわる。浅く深く、遠く近く、やや湿り気を帯びたまま、たえず「そこ」を夢見たまま。意識よ...

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大家正志さんの詩「生きているのに」(『詩素』5号)を読む

       世界はエントロピー増大の法則に支配され、時間が経つとどんどん無秩序になっていき、       新たな秩序はうまれないのだが、ときたま局所的に小さな秩序をつくることがある。その       秩序は小さなものだが、それに影響されたまわりの粒子たちが徐々に強い秩序をつくって       いき、とてつもなく大きい秩序をうみだすことがある。  自分が生きているということを  きみは知らないのだ...

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