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記事一覧

身の丈にふれる(写真・時本景亮)

(写真・時本景亮)きょうもまた、駅のプラットホームに自生している名無しの権兵衛だれもがうわべのみのあかるさであいさつをかわしながら身の置きどころのない所作をくりかえしているあおむけになったセミや自転車の鍵、ケータイの着信音……ほんとうは行くあてもなく、会いたいひともいない、というのに生命線の長さでもたしかめているのだろうか手のひらをじっと見つめているひとがいるどこかひとごとのようにたたずむひとの群れ...

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駅(写真・時本景亮)

駅は、閉ざされた貝殻のように沈黙を孕んで、ゆっくりと天体の動きを確かめている。人の細胞の数は六十兆個、そのことが不思議で仕方ない。プラットホームの椅子が整合性からのがれるために熱を発し、鳥たちが新品の靴を求めて飛び立つ朝、私は果たして優しい生き物だと言えるだろうか。熟れた季節や手紙、映画のフィルム……天使の落とし物が散乱している。私の眼鏡はもう虹しか映さない。階段に、さざなみのように刻まれた回想録を...

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孤絶(写真・時本景亮さん)

 夜、釣りに出かけるのならば、たとえば五次方程式を解くために費やされた時間こそふさわしい。水の階段が、そしてその手すりに取りつけられた手錠のひとつひとつが魚の鱗を輝かせるまで。 竹や棒をモリに見立てて振りまわす幼いラマファたち。浜辺に横たわった仮想のマッコウクジラ。少年はその末裔からのがれたがっている。狂った精霊は彼の舌先に飢えを見つけるが何も言わない。「異文化の接触」のわきをすり抜けて川のほうへ...

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海にビンを捨てた日(写真・時本景亮さん)

そのからっぽのビンはあまりにもまぶしすぎたので映画のチケットを入れて海に放ったそれから誰もいない物音ひとつしない町の通りを歩きながら私もまた一本のあきビンなのだと苦笑する今ごろあれは月の方へ泳いでいることだろう私よりもひたむきな姿勢で船の航路をたどり 鳥たちの旅路にあこがれときどき魚たちとたわむれながら――いつか うんと遠いいつか鐘の音がすこやかに鳴りひびく午後二階の窓ぎわで花瓶代わりに使われている...

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植樹(写真・時本景亮さん)

私は私の体には木を植えなかった。しかし妻は自分の右肩に木を植えた。どうしてそこを選んだのだ? と訊くと、ゆずり葉の音色を味わいたいからよと返された。まだゆずり葉だと決まったわけじゃないだろう?いつもあなたはそうやってあたしを苦しめるんだわ。狼なのか野犬なのかわからぬが外で獣の気配が立ち上っている。空き家に寄生した空き家が彼らを呼んでいる。青白い月の光に照らされたハグロトンボの羽が舞い上がるのを私た...

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