FC2ブログ

記事一覧

After Memories ――菜の花の頃―― (船井淑子作品「菜の花の頃」へのオマージュ)

本のページをめくるたびに、きのうよりもはるか遠くに過ぎ去るなにかがあって、わたしはそれを過去とは呼べない   *ゆうぐれの窓辺でうとうとしていると菜の花の黄色がふいに風に舞い上がりまるでせつない蝶の羽ばたきだった(机の上の、見覚えのある便箋や万年筆、なつかしい老眼鏡……)いつのまにか母が目の前で本を読んでいて、行と行、ページとページをさまよう視線はあまりにもふたしかでもうすこしだけ長く、このひとを抱...

続きを読む

日付、断片、鳥籠――フナイタケヒコ作品「シリーズ 私の層位学」へのオマージュ――

だれもいない日曜日の午後、ことりのいない鳥籠のなかの、日付のない断片がしずかに輝きをはなつ。頬杖をつく窓辺には原稿用紙や万年筆、ブルーのインク壷。まだ一行目を書き出せずにいるあなたのまぶたにうっすらときのうの虹の名残が倦んでいる。ゆるやかにそれでいてふたしかに、符号にすぎないこの生活から遠のいていくこと。帰趨の定まらないはばたきの行方を追いながら。風はいともたやすくカーテンのすそをゆらし日射しはあ...

続きを読む

Blue Memories (5) ――フナイタケヒコ作品「シリーズ Blue Drawing 」へのオマージュ――

海辺で拾ったその壜に、あおぞらをそそぎ込むと、水のかけらがかすかにゆれて、まるで空の記憶や波の記憶を懐かしがっているようで――わたしはふりかえって、過去に手をふったしずけさは、どうしてこうも痛いのかうたえない鳥やねむれない魚、子どもたちの影法師……――わたしたち、帰るあてのない子どものようね――帰るあてがないから子どもなんだよ、きっと日付をうしなったこよみのようにえんえんとめくれてはもどる波のしぐさは、ど...

続きを読む

Blue Memories (4) ――フナイタケヒコ作品「シリーズ Blue Drawing 」へのオマージュ――

部屋のかたすみにある青い本棚、そこの二、三冊分のスペースを指差しながら、しあわせの青い鳥がいるのだと、あなたはそう言ったのだ   *なんのためらいもなくページをめくるしぐさがあざやかで、まるでつぎの季節を呼びたがっているようで、風のなかに種があるとすれば、それはきっと沈黙の種で、カーテンがひるがえるたびに日付やことば、祈りのようなものもすべてさらってしまう、だからわたしたちは寡黙だった(モンブラン...

続きを読む

Blue Memories (3) ――フナイタケヒコ作品「シリーズ Blue Drawing 」へのオマージュ――

(明け方の庭は水っぽくて、水槽みたいで、きっとどこかに淋しい魚はいたのだろう)あなたははじめてその庭に招待してくれたとき、わたしにひとつしかない椅子をすすめてくれたわたしが白木のテーブルの前でピアニストのまねごとをすると、あなたはおおげさに髪をふりみだして指揮者を演じてみせたのだわたしたちは、まるで年端もいかない子どものようにくつくつわらいながら、いつか海岸で拾った壜、ありふれた一本の壜のなかに入...

続きを読む