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記事一覧

散歩の言い訳

コトリンゴ -「 悲しくてやりきれない 」幽霊ににおいがあるのであれば、もしかしたら苔の表面に結露した湿気のにおいに近いかもしれない。すっかりきのうの幽霊にとりつかれてしまったようだ、ときどき、肌寒い感触にからだがぶるっとする。雨音には、どこか見知らぬひとのささやきがまぎれこんでいるようで、いつまでも耳を閉じることができない。あるいはゆうぐれの深さをおよぐ魚にでもきいてみようか。   *柿の木の枝にひ...

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八月(Short Version)

 毎朝、なじみつつある闇をむりやりひっぱがすようにして目をさます。しろくまぶしい窓の外からの日ざしに目をほそめる。多少のどが渇いているが、からだは汗をかいていない。電線のうえのカラスが、ふいにおもいがけないほどするどい声をはなつ。セミもじょじょに鳴きはじめている。だてメガネは、まるで前世紀の遺物のように机のかたすみにころがっている。みずいろのカーテンがみずいろの風にくすぐられ、いまにもみずいろの便...

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冬の坂道(絵・ひがしもとしろう)

 ことばを書いていると、なにもかもが溶けていく、しずんでいく。椅子も。机も。鉛筆も。消しゴムも。ノートも。 へたな文章だと、天使にわらわれてもいい。 おなじ曲をくりかえすオルゴールのように毎日、ぼくはきみのおもいでをおもいだす。   * そう、ぼくは日々、ありふれた抒情のみできみに手紙を書いている。届くかどうかわからない、ことばのない手紙――。   *――きみの手紙はパントマイムだ。 きみはわらう。――...

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群衆(最終話)(絵・ひがしもとしろう)

 そのとき、駅員の笛の音がこだました。驚いて振り向くと、人垣の間から学生服が見えた。丈の短いスカートの裾からすらりと伸びた足が宙に浮かんでいた。電車がじわじわとホームに迫っていた。まっすぐ、まっすぐ、そう、そのまま……犬になんかなりたくないね、まして野良犬なんかに。電鈴と、駅員の笛と、人々のどよめきが混ざり合って、一瞬――。〈了〉...

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群衆(15)(絵・ひがしもとしろう)

 プラットホームに人だかりができている。駅の電鈴が響いて電車がやって来る。目の前の男の首筋にはいくつもの血管が浮き出ている。耳の穴から一本、長い毛がにょきにょきと出ていて、微かに風の流れに反応を示すのが面白い。ふいに、この電車に乗ってはいけない、とりあえずこれは見送った方がいい、という直感が働いた。直感、あるいは危機感のようなものが。頭が痛い。眩暈もする。反射的に二、三歩、後ずさりした。ベレー帽の...

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